「AI作成のスライド」で発表する役員になんとなくモヤモヤするワケ「キレイごとナシ」のマネジメント論(2/4 ページ)

» 2026年07月09日 07時00分 公開
[横山信弘ITmedia]

ドヤ顔の役員とシラケた現場

 冒頭の会議には、続きがある。

 役員は、自分が作ったわけでもないスライドを、まるで自分の考えのように得意げに語った。「この方向性で、みんな頑張ってほしい」。声には力がこもっていた。だが、聞いている社員の表情は動かない。

 「ドラスティックな属人性の排除とか」

 「シナジーの最適化に、最大化だって?」

 使われている言葉自体に落ち度はない、はずだ。むしろ伝えたいことがスマートにまとめられている気もする。

 しかし会議のあと、若手社員もぽつりとつぶやいた。

 「この人についていって大丈夫かな……」

 厳しい一言だ。しかし、多くの現場で似たような感想が生まれているのではないか。AIで資料を作ること自体は悪いことではない。問題は、その言葉に自分の熱量を乗せ直す作業を、すっぽり飛ばしてしまうことにある。

 こうした場面は、これから確実に増えていく。だからこそ、今のうちに「AIが作った言葉」と「自分の言葉」の違いを理解しておく必要がある。

なぜ、AIが作った言葉には熱がないのか?

 AIは、統計的に「次に来やすい無難な単語」を選び、整った文章を作る。だから文章として破綻することはない。しかし、AIは「個人的なこだわり」や「特定のことへの執着」を文章に乗せるのが苦手だ。

 結果として、どこか「優等生が書いた最大公約数の文章」になってしまう。この役員が披露したスライドも、まさにこの典型だった。キーワードは正しい。しかし、そこに誰の熱もこもっていないように見えたのだ。

 考えてみれば当然だ。AIは、部下がブレストした断片を読み込み、それらしくまとめただけ。そこには、役員自身が悩んだ形跡も、言葉選びの判断に迷った跡も見当たらない。だから、聞いている側も何も感じ取れないのである。

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