小林暢子
戦略系コンサルティングファームを経て、BIG4のパートナーを7年半務める。現在フリーの経営コンサルタントとして活動。ビジネススクール卒業後、米国での勤務経験あり。多文化的な視点から、日本語・英語の両方でオピニオンやコラムを執筆中。
「米国市民の皆さん、今日は『解放の日』(Liberation Day)です。(略)各国に対する『相互関税』を導入する歴史的な大統領令に署名します。(略)日本は米国に46%の関税を課しています。(略)私たちはたった24%だけ請求する」――2025年4月2日、米国のドナルド・トランプ大統領によるこの演説を境に、世界の貿易ルールが一変した。
あの日の衝撃を覚えているだろうか。経団連の十倉雅和会長(当時)は、2025年4月7日の会見で「自由貿易体制が維持できるかどうかの岐路に立っている」と危機感を表明。トヨタ自動車の幹部は「想定していた中で最悪のケースが現実になった」と日本経済新聞に語った。
あれから15カ月が過ぎてなお、日本企業は、猫の目のように変わる関税政策に振り回され続けている。
その影響が「トランプ倒産」――関税や物価高など、自社では制御し切れない外的要因による倒産として表れている。帝国データバンクによれば、2025年度の全国企業倒産は1万425件で、2年連続で1万件を超えた。同社は「関税政策に伴う大手企業の業績低迷は、サプライチェーン企業の受注環境の悪化を引き起こした」と指摘。2026年度も、夏以降に倒産が増える懸念があるという。
各国の関税政策は、今も流動的に変わっている。2026年7月下旬には、トランプ関税がまた大きく動いた。あなたの会社は、これから起きる関税政策の展開に耐えられるだろうか。
2026年2月、米国の最高裁判所は「国際緊急経済権限法」(IEEPA)に基づく相互関税を違憲と判断したが、トランプ政権は即座に代替策へ切り替え、関税という交渉カードを手放してはいない。折しも年明けから「ベネズエラ事変」が起き、2月末には中東情勢が悪化したことで、世界の関心は関税から離れた。米中の貿易戦争や関税は、一時的にせよ「過去のニュース」となったようにも感じられる。
しかし実態は逆だ。貿易交渉を担当するベッセント米財務長官は、2025年8月に日本経済新聞に対して「(相互関税は)不均等是正ならば氷解」と語ったが、その未来は程遠い。
世界貿易機関(WTO)が率いる多角的な貿易環境の下で、日本企業にとっての関税は、主に事務的な手続きの対象として位置付けられてきた。ところが、保護主義と二国間交渉が常態となった今、先行きが不透明な関税対策は「戦略テーマ」に格上げする必要があるだろう。ビジネスパーソンは常識のアップデートが必要だ。
日本を含まない二国間――例えば米中間の関税であっても、日本企業は無関係ではいられない。競合する中国勢に直接の影響がある上、関税の余波が大きいからだ。日本企業は包括的な視点から、コストやリードタイムの変化を常に更新すべきである。
米国を震源地とする関税の道のりを整理しよう。IEEPAを根拠とする相互関税が違憲判定されると、トランプ政権は直ちに2つの法的根拠に切り替えた。
なお、通商拡大法232条は、安全保障を理由に、自動車・半導体・鉄鋼・アルミなどセクター別関税を課す。2025年にIEEPAと並行して適用が拡大した条項で、2026年は新規適用こそ減ったが、依然として有効だ。2026年7月20日には、米国内でアルミニウム生産設備への投資計画を申請・承認された企業について、完工後の生産量に相当する分の関税を半減する緩和措置が発表された。
このように異なる種類の関税が幾つも合算されるなら、合計は青天井なのだろうか?
ここで重要なのが、2025年7月末の日米合意だ。翌8月に発効したこの合意によると、5500億ドル(約87兆円)の対米投融資と引き換えに、セクター関税を含め日本産に課せられる関税は15%を上限にするとされている。
ただし、この15%という上限はIEEPA相互関税を前提にした枠組みだった。IEEPAが違憲判定を受けたことで前提が崩れ、301条ベースでは日本の実質上限は軽減措置を含めて12.5%に置き換わっている。経済産業省は「昨年の合意自体は不変」との立場を示しているが、実務上は12.5%という数字で関税が計算されている点に注意したい。
中国を巡る関税は、事情が異なる。一時、累計145%に達した対中関税のうち、IEEPAに基づく「フェンタニル関税」(20%)と相互関税(10%)は違憲判断で無効となった。
現在は、第一次政権時から課税されている301条関税(主に25%)に、122条の10%を加えた35%が実質水準だ。ただし122条関税が7月23日に期限を迎えれば、強制労働対策の不備や過剰生産能力を根拠とする301条関税が新たに積み重なる可能性がある。
【2026年7月28日アップデート】その後、強制労働対策の不備を理由とする301条関税12.5%が2026年7月24日付で中国にも適用され、同日、122条の10%は失効した。中国商務省は7月27日、この措置の完全撤回を求め、対抗措置も辞さない姿勢を示した。
一方で、より巨視的な方向性としては、米国の対中姿勢が最近、対立から融和へと変化している点にも注目したい。米中貿易戦争の発端の一つは、製造業の高度化を掲げた中国の国家戦略「中国製造2025」への敵視だった。「レアアースの輸出制限」という急所を突かれた中国は、徹底抗戦で応えたが、第二次トランプ政権では対中関係の安定を重視するようになった。
第一次トランプ政権に始まり、バイデン政権を経て複雑化した関税は、世界経済の不確定要素として定着した。米国からはどう見えているのか。
4大会計事務所「Big4」の一角を成すEYで貿易政策アドバイザーを務めるブレーク・ハーデン氏によると、関税は民主党政治家の一部にも支持されており、完全に覆ることはないとの見通しだ。対中貿易赤字の改善に加え、2025年の関税収入が2640億ドルに上った。関税で恩恵を受ける国内産業も存在するため、一度導入された関税は撤廃されにくいという粘着性を持つ。
しかし、関税分が商品価格に転嫁されることで、物価が高止まりしているという指摘もある。国民感情は“反関税”に動かないのだろうか? ハーデン氏によれば、インフレには中東危機によるエネルギー価格上昇なども絡み合っており、消費者が関税の影響だけを切り分けて評価するのは難しいという。
物価高騰に跳ね返るとはいえ、関税には米国有権者に響く大義がある。生産を国内に戻し、鉄鋼や造船など安全保障に関わる分野で米国を強くするという論理だ。この点はほかの国にとっても同様に響く――ある意味、米国のリーダーシップの発露ともいえる。
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