地方空港のロビーで搭乗手続きに迷うインバウンド客が話しかけたのは、現地のグランドスタッフではなく、1台のスマートロボットだった。画面の向こうでは流暢(りゅうちょう)な英語を話すスタッフが、笑顔で案内をしている。このスタッフは、実は遠く離れた大阪・関西空港に待機する“接客のプロフェッショナル”だ――。
慢性的な人手不足や語学対応の壁に直面している地方空港の課題に対応すべく、ANA(全日本空輸)は8月21日、画期的な一手に出た。自社グループのスタートアップが開発したアバターロボット「newme」(ニューミー)を活用し、関空の精鋭チームが地方空港の接客を遠隔で後方支援する「空港間遠隔サポート」だ。
同日に導入した広島空港に続き、9月3日に対馬(長崎県)、10月1日に鳥取、10月15日に長崎、10月28日に小松(石川県)の各空港へも順次設置するという。設置数はそれぞれ1台または2台。いずれの空港も、関西空港からの遠隔サービスとなる。
ANAによれば、空港間の遠隔サポートは、国内の航空会社では初の取り組みだという。第1弾として、地方空港での問い合わせを関西空港からロボットを通して後方支援する。対面と遠隔を融合させ、航空業界が直面する労働力不足をDXで乗り越える「ハイブリッド接客」とは、どのようなものなのか。現場からレポートする。
今回導入した遠隔操作ロボットnewmeは、高画質カメラや首振り機能を備え、移動も可能だ。ANA発のスタートアップであるavatarin(アバターイン、東京都中央区)が開発を手掛けており、今回の空港間遠隔サービスも、両社が共同で取り組む。
このロボットは、画面の角度や3段階の高さ(150センチ、130センチ、110センチ)の調整機能を備え、利用者の体格差に対応する。現地で、誰もが使いやすいUI設計を意識した。今後、AIによる音声認識や可視化、問い合わせデータの分析といった機能の実装なども視野に入れているという。
avatarinの深堀昂代表取締役CEOは、この技術の本質を「場所の制約を超えた『リソースの仮想化』」と表現する。ロボットを通じて顧客の声や問い合わせデータを可視化し、遠隔から現場の対応力を底上げすることで、持続可能な空港DXを技術面から支えていく考えだ。
このサービス開始と合わせ、関西空港内にあるANAのオフィスに、遠隔サービス専用のブースを設置した。ブースでは専属のスタッフが常時待機。地方の各空港に設置したnewmeを通じ、利用客から声がけやタッチ操作で問い合わせがあると、スタッフが画面を通して対応していた。
例えば「チェックインがまだ終わっていないが、どうすればよいか」との問い合わせがあった場合、スタッフが空港内にある自動チェックイン機の場所を案内したり、スマートフォンでのオンラインチェックインの操作方法を遠隔で案内したりする。また、搭乗口への行き方や、保安検査場の通過締切時間、空港内にあるレストランやショップの場所の案内もする。
ANAは今回、社内公募で9人の専属スタッフを選んだ。特に、関西空港には国際線および国内線の両方で搭乗手続き(チェックイン)システムや発券業務などに精通するプロフェッショナル人材が豊富だという。選ばれたスタッフは英語が堪能なことに加え、現場を統括する技能も備えた、いわば接客業務のプロだ。
ANAは導入に先立ち、東京・羽田空港で半年以上にわたる実証実験を実施した。羽田空港で約2万5000件もの接客データを集めて検証した結果、その約6割が空港内の施設が「どこにあるか」といった問い合わせだった。搭乗手続きのやり方や航空券の番号確認といった旅客業務上の問い合わせも多かったという。
この実証実験では、寄せられた問い合わせの実に98.4%が対面と同等に遠隔で解決できることが確認された。この高い解決率が、本格導入への大きな後押しとなったという。
顧客からの問い合わせに対し、遠隔でも可能な範囲で案内やサポートをするのが、今回の目的だ。一方、遠隔で対応しきれない複雑な手続きや対面が望ましいケースでは、現地スタッフに引き継ぐなど、遠隔と対面のハイブリッドによって顧客に対応することを想定する。
本プロジェクトを担当するANAエアポートセンターの今田麻衣子旅客サービス企画部長は「便が集中する時間帯やイレギュラー発生時のお待たせ時間を削減できる」と期待を寄せる。定型的な案内を遠隔でカバーすることで、現地の空港係員は現場全体を見渡し、安全や定時性の確保、困りごとの察知といった「人ならではの力」を存分に発揮できるようになるという。
インバウンドの増加が地方にも広がったこともあり、地方空港では英語などの語学が堪能な人員が不足しがちな課題がある。インバウンドによる国内線と国際線の乗り継ぎ利用は、地方空港でも少なくない。
ANA関西空港 旅客サービス部業務課の三浦史郎課長は、国内有数の国際空港である関西空港には、英語そして国際線・国内線・格安航空会社(LCC)の専門スキルなどを持つ人員がそろっていることを踏まえ「デジタル技術を駆使して遠隔サポートすることで、多様な顧客ニーズに対応できます。地方空港での対応力の向上につながる可能性があります」と説明する。
加えて、空港の現場で対面での対応が集中している現状を踏まえ、遠隔サポートによって、より専門性の高い対応を行い、地方空港の課題をカバーすることを目指すという。
実際に導入が始まった広島空港でハンドリングを担う、中国ターミナルサービスの大津健吾執行役員も「現場の対応力の厚みが増す」と話す。「カウンター周辺の案内業務をnewmeが担うことで、現地スタッフは対面だからこそできる細やかなおもてなしやサポートに専念できます。この新しい人材活用の形こそ、これからの空港現場が進むべき道」と現場目線での手応えを語る。
newmeの導入によって地方空港における問い合わせのデータを蓄積し、利用客のニーズを定量的に可視化することで、現場のサービス向上につなげるのも目的だ。羽田に続いて関西空港での運用を進めるとともに、規模や客層が異なる広島などの空港でも展開し、同様の仕組みが有効に機能するかを検証していく。
さらに少子高齢化や人手不足といった、将来的な労働力の課題に備える意味合いも持つ。限られたプロ人材を効率的に配置し、イレギュラー時の対応や顧客体験(CX)向上につなげる運用も検証する。空港の窓口業務を、アバターを使って遠隔での接客で補完することで、人員が限られる中、複数の空港において顧客対応を充実させることを目的とする。
ANA広報部によると、グループ全体としての狙いとして「CX向上が第一目標」であり、そのための「効率化や他社より高品質な接客提供という差別化も重要」と語っていた。以前の羽田での検証をもとに、問い合わせが多かった施設案内や手続きサポートを中心に「必要なときに必要なサポートを提供する」ことで顧客満足度を高め、遠隔サポートと現地でのオペレーションで最適なバランスを検証するという。
三浦課長は「空港を超えたバーチャルな支援体制の構築という挑戦です。社内での知識共有、社員の新たな働き方への還元にもつなげたい。組織の活性化につながる貴重な機会と捉えています」と話していた。
他の地方空港へのnewmeの設置、遠隔サービスの拠点を増設するなどの予定は、現時点では未定という。今回の導入で検証しつつ、今後の展開規模や体制などを判断していく方針だ。
ANAのこの試みは、単なる労働力不足の穴埋めにとどまらない。特定の場所に縛られていた「熟練のプロ人材」の価値を、デジタル技術によって最大限に引き出し、必要な場所へ届ける新しい人材活用モデルだ。これにより、地方のサービス品質を引き上げると同時に、組織の活性化や新たな働き方を創出できる可能性がある。
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