平凡の中に潜む非凡、「ZENIT-E」-コデラ的-Slow-Life-

» 2007年11月02日 19時00分 公開
[小寺信良,ITmedia]

photo 見た目はまったく問題なさそうなZENIT-E

 ロシア、というか旧ソ連製カメラというのは、綺麗なものが時々びっくりするぐらい安値で売られていることがある。完全に動かないのならばジャンクだが、「調子が悪い」という程度のものは、お店側も微妙に値段が付けにくいということなのかもしれない。

 そのZENIT-Eも、外装表皮に少しの剥がれがあるぐらいで、かなり綺麗であった。以前からM42マウントのカメラが1台欲しかったこともあって、ガラスケースから出して貰ったのだが、3150円と破格に安いのがどうにもアヤシイ。


photo シャッターはものすごく頑丈そうだ

 シャッタースピードにも問題なく、露出計もちゃんと動いているが、相場に合わない安値が付いているものには、何か必ず秘密があるものだ。よくよく調べてみると、露出計の指針を読み取って露出を算出するダイヤルが、どうやっても普通の値を示さない。

 外側のダイヤルにシャッタースピード、内側のダイヤルに絞り値が記してあるが、どうもどちらかを半回転、逆に取り付けてあるようだ。誰かがバラして組み立てたときに間違えたのか、それとも最初から逆に着いていたのか。


photo 露出の数値が絶対に合わない向きで取り付けられている

 普通の感覚ならば、逆に取り付けられたままで市場に出るはずはないと思うだろうが、なにせ相手はソ連である。資本主義社会の常識が当てはまらないのが、社会主義国家の恐ろしさである。本当にこのまま使われてきた可能性も捨てきれないところが怖い。

 もう1つの謎は、フィルム感度である。ソ連のカメラであるから、感度の単位はGOSTである。GOSTはキリル文字では「ГОСТ」と表記され、読み方は「ゴート」だと聞いたことがある。これはこれでいいのだが、ダイヤルには「ГОСТ-ASA」と表記されている。これはГОСТとASAとは同じ数値であるという意味に取れるが、実はこれらの数字は一致しない。

 ある資料によれば、ГОСТ250 = ASA 320と書いてあるが、別の資料ではГОСТ250 = ASA 400と書いてあったりと、ちゃんとしたことはよくわからないんである。このあたりも実におおらかというかええかげんというか、ま、そこそこ写るんだからいいじゃないの的なアキラメの境地を体現している。

閉ざされた世界で独自の道を歩む

 ソ連のカメラのことを、もう少し書こう。こうなると、話は第2次世界大戦まで遡らなければならない。大戦前、光学機器で最も進んでいたのはドイツだったが、ご存じのように敗戦後は東西に分割されてしまった。

 ソニーのカメラに搭載されて広く知られることとなったカール・ツァイスも、当時はレンズだけでなくカメラ本体も製造していた。そしてドイツ分割が実行される前に、西側はツァイスの設計技術者を引き抜いた。そして東側には、製造技術者と工場が残された。


photo ミラーはクイックリターンだが、かなり小さい

 ソ連のカメラは、分割当初はそれこそ旧ドイツと同等レベルのカメラを製造したが、開発者のほとんどを西側に採られてしまったため、その後は大きな革新が起こることもなく、同タイプのカメラをただひたすら量産するにとどまった。

 ソ連国内で製造規模は拡大したが、製造技術レベルは次第に劣化していった。いわゆる「劣化コピー」である。そんな中にありながらZENITは、ドイツカメラのレンジファインダ設計を踏襲しながら、一眼レフへの道を独自に歩いたシリーズである。閉ざされた壁の向こう側で大量生産から少量生産まで、実に数多くのバリエーションを製造した。


photo 型番はただの表面プリントという「合理化」が悲しい

 最初に登場したZENITは、M39マウントだった。M39マウントとは、内径はライカのLマウントと同じ39mmだが、フランジバックがプラクチカマウント並みに長い。従ってLマウントレンズは付くことは付くが、フォーカスが合わないので使い物にならない。つまりこのZENIT独自仕様の39mmスクリューマウントが、M39と呼ばれるわけである。このM39マウントのZENITは、52年から製造され、65年にM42マウントの「ZENIT-E」に変わるまで続いたようだ。


photo シャッター幕は布製、横走り

 そしてこのZENIT-Eは、65年から約17年間にわたって製造された。一説には製造台数が300万台にも及ぶというから、とてつもない大衆機である。ただ大ヒットしたというよりも、それしか売れてなかったと言ってもいいかもしれない。70年代にはZENIT-Eをベースにした改良型がいくつか出たが、ZENIT-Eほどの量産はしなかったようだ。

 背面にモデルナンバーが記されているが、頭2桁が西暦を表わすので、このカメラは74年製のようである。

小寺 信良

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映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。最新著作はITmedia +D LifeStyleでのコラムをまとめた「メディア進化社会」(洋泉社 amazonで購入)。


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