桜が咲いたら春、って感じですな。
考えてみたら、桜ってよくできたもので、3月の終わりから4月の頭、ちょうど年度の区切りとなる頃に一斉にほわーっと咲いて何となく街が華やぎ、気分が高揚し、さあ今年がはじまるぞって気分になり、ちょいと浮かれてきた頃に、容赦なく散り、人々は否応なく現実に戻らされて、しょうがない今年も働くか、みたいな気分に落ちつくわけで、いい感じの区切りになってるのである。
そう考えるとすごいなあと。もし日本中の桜が急に枯れてなくなったら、経済にも影響を与えるに違いないと思う今日このごろ。
まあ実際には河津桜などは2月の終わりから3月に満開になるし、緋寒桜のようにちょっと早めに咲く桜もあるし、東北では開花時期がもうちょっと遅いのでそれがGW前くらいにやってきたりするので一概には言えないのだけれども、戦後、街のそこかしこに大量に植えられたソメイヨシノが一斉に咲いたり散ったりしてくれるおかげでそんな気分にさせられるのだ。
そんな風に桜が一斉に咲くと花見である。
一般に写真が目的の人は、花見のメッカに行かない。人が多すぎてどう撮っても人が写り込んじゃうし、いい撮影ポジションの確保も難しいから。どうしても有名な桜の木を撮るときは、まだ誰もこない早朝を狙って動くのだそうだ。
でもあえて花見の会場から撮ってみた。
花がやけにピンク色なのは、タカトオコヒガンザクラという品種だから。ソメイヨシノではないのだ。ソメイヨシノはもっと色が薄い。
鮮やかな桜の下で地元の人たちがくつろいでます
でもただ漠然に桜とそこに集う人々を撮っても、散漫な写真になるだけ。単なる花見の写真になっちゃう。
そこで望遠レンズにつけかえ、縦位置にして遠くからぐぐっと桜に迫る。望遠だと遠近感がなくなり、密集感が出る。そして人々の代わりに、桜の木の下に止まってた自転車をあえて入れてみた。
見事に同じスタイルのママチャリが並んでたから。
それだけで、子ども達を連れた近所のお母さんたち(ママ友!)が集まって花見をしてるんだな、ここは住宅街にある公園なんだな、よく晴れてるからみんなで連れだって花見に来たんだなってことがわかる。
桜の屋根の下を人がごったがえしてる感じを出すには望遠が一番。300ミリ相当の望遠だと実際の桜並木より高密度に見えるし。
画面の2/3くらいを桜で埋めて、見知らぬ人の顔が大きく入ったりしないように人の波に沿って動きながら後ろ頭が入るくらいがいい。
雲が出てる平日の昼間なのに、桜で覆われた公園は人がぎっしり詰まっていて、修学旅行らしい学生や遠方からやってきたとおぼしき観光客が多いけれども、その合間に座り込んで酒を飲んでたり、のんびり連れだって散歩してる地元の人もたくさんいて、平日の昼間から桜を愛でて酒を飲んでていいのか、いやむしろその方が江戸っ子っぽいよなと思い直す始末だったり。
隅田川沿いの桜は江戸時代から名所で浮世絵にもたくさん書かれている。今は隅田川の両岸にぎっしりと桜が植わっているが、もともとは「墨堤」の桜。墨堤というのは浅草の対岸、墨田区側の堤防上にのみ植えられていたのだ。
はじまりは江戸時代、4代将軍家綱の時代で、8代将軍吉宗の命で本格的に植えられたという(吉宗といえば、飛鳥山の桜を植えたのでも有名)。その後、浅草の対岸あたりまで桜が広がっていったようで、江戸時代後期の浮世絵には墨堤の桜の様子がよく描かれている。
桜並木を撮ろうと思ったら、川沿いというのは見通しがよくていい。緩やかにカーブしていると全体をうまく収められる。広角で広く収めるより、角度を調節しながら望遠で撮る方がいい感じに密度が上がる。
空が曇ってたので華やかさはないが、こんな感じ。
実際以上に高密度で植わってる感じになっていい(対岸から見るとそこまでびっしりでもないのだ)。
ちなみに、墨堤の裏に三囲神社という神社があり、土手下に大きな鳥居があって江戸時代は対岸からよく見えた。墨堤の名所でもあり、浮世絵にはある種のお約束として桜と三囲神社の大鳥居が描かれていると浮世絵に詳しい方に教えてもらった。
で、三囲神社とその鳥居は現存する。
そこで対岸から必死に探してみたら、今でも見えたのだ。
当時より堤防は高くなってるし、神社と堤防の間に首都高が走ってて影になってるしで条件は大変悪いのだけど、かろうじて見えたので撮ってみた。
江戸時代の名残を見つけたようで少しうれしい。
せっかくだから現代ならではの桜の写真も撮ってみた。スカイツリーと合わせてみたけど、天気が悪かったこともあっていまひとつ面白みに欠ける。
そして見つけたのがここ。ビルの金色のガラスに、いい感じでスカイツリーが映ってたのだ。
都会の桜は都会ならではの背景や前景と一緒に狙うと面白い。
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