げっ歯類とは、ブリタニカ国際大百科事典によると「哺乳綱げっ歯目に属する動物の総称」とある。現在ではネズミ目とも呼ばれ、早い話が“ネズミ”の仲間を指す(ただし、ウサギやハネジネズミ、トガリネズミなどはげっ歯目ではない)。
このネズミという動物は、古来より人間と様々な形で深く関わり合ってきたが、その歴史の多くは鼠害(そがい)という単語に表されるよう、人にとってはありがたくないものだ。ドブネズミという名称からも、ある種の嫌悪感が感じ取れる。もっとも、これには保健衛生上のれっきとした理由がある。げっ歯類が媒介者となって人間を死に至らしめる伝染病がいくつも存在するのだ。
例えば、中世ヨーロッパで猛威を振るったペストは、クマネズミなどについたノミがペスト菌を含む血液を吸って人間へと伝播した。他にも腎症候性出血熱や鼠咬症といった、人間にとってありがたくない病気を一部のげっ歯類はもたらしてきた。また、猛烈な勢いで繁殖して農作物を荒らしたり、家の壁に穴を開けたりするなど、人は昔からネズミに手を焼いてきた。
ところが、有害なだけかというと、そうでもないのがネズミの面白いところ。
19世紀に入り、科学が急激に発展すると、遺伝学の研究や薬の開発にマウス(ハツカネズミ)やラット(ドブネズミ)が欠かせない存在となり、その重要性は現在でも衰えていない。我々が医療の力によって生きながらえているのは、実験動物としてのネズミによるところが大きいのだ。
また、我々はげっ歯類の仲間をかわいいと認識することもあり、ミッキーマウスやトム&ジェリーのジェリーのようにネズミがモチーフのキャラクターは意外に多く人気もある。特にミッキーに関しては、あれほど愛されているネズミもそうそういないだろう。さらに、シマリスやハムスターをペットとして飼っている人もかなりの数に上る。
私もネズミの仲間は被写体として面白いと思うので、チャンスがあれば撮るようにしている。普段フィールドにしている南部アフリカは、大型野生動物の宝庫として知られているわけだが、小動物も多彩で、特にげっ歯類は77種もいる。
森林から砂漠まで、あらゆる環境に見事に適応している彼らの生態はとても興味深い。しかも体長10センチに満たない小さな種から、体重20キログラム以上にもなるケープタテガミヤマアラシのようなとんでもなく大きいものまで、姿かたちや習性も実に様々だ。
ただ、ほとんどの種類は警戒心が強く、夜行性のものも多いため撮影には苦労する。まれにケープアラゲジリス(地面に穴を掘って暮らすジリスの仲間)のように、日中も活動的で人によく慣れる種もいるが、大半は人の気配を感じるとすぐに身を隠してしまうので、巣穴の前で静かに待ち構えねばならず、我慢比べになることもしばしばだ。
ちなみに、アフリカの一部地域ではネズミの類は“食べ物”である。多くは穀物を荒らす害獣でもあるわけで、蛋白源の少ないアフリカの農村部では、どうせ退治するなら食べてしまわなければもったいないという、至極当然の結論に行き着くわけだ。
私が中学の3年間を過ごした西アフリカのトーゴがそうだった。当時通っていた現地の学校は、周りをサバンナに囲まれた小さな町の一角にあり、毎週一回草刈りなどの屋外労働がすべての生徒に義務付けられていた。
鉈(なた)や鍬などを使っての作業となるのだが、その際よく大小さまざまなネズミが草むらから飛び出してきた。同じクラスの生徒たちは、大喜びでそれらを追いかけ、食用とするために持ち帰っていた。今彼らがどうしているのかは知らないが、私がわざわざ日本から南部アフリカまで出かけていって、ネズミの写真を撮っていると知ったらどう思うのだろうと、ふと考えてしまった。
山形豪(やまがた ごう) 1974年、群馬県生まれ。少年時代を中米グアテマラ、西アフリカのブルキナファソ、トーゴで過ごす。国際基督教大学高校を卒業後、東アフリカのタンザニアに渡り自然写真を撮り始める。イギリス、イーストアングリア大学開発学部卒業。帰国後、フリーの写真家となる。以来、南部アフリカやインドで野生動物、風景、人物など多彩な被写体を追い続けながら、サファリツアーの撮影ガイドとしても活動している。オフィシャルサイトはGoYamagata.comこちら
【お知らせ】山形氏の著作として、地球の歩き方GemStoneシリーズから「南アフリカ自然紀行・野生動物とサファリの魅力」と題したガイドブックが好評発売中です。南アフリカの自然を紹介する、写真中心のビジュアルガイドです(ダイヤモンド社刊)
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
Special
PR