「情報」と「データ」を混同して使っていませんか?IT Oasis

顧客は情報を意思決定のトリガーや知識の源として扱おうとし、ベンダーはデータベースを構築する源として扱おうとする。情報に対する考え方やスタンスの違いが、上流工程の意思疎通を困難にする。

» 2009年08月18日 11時00分 公開
[齋藤順一,ITmedia]

どんな定義を選ぶかで思考の明確さが変わる

 「情報」と「データ」という言葉がある。読者の皆さんはこの2つを区別されているだろうか。同じ様に使っている人も多いのではないか。英語でデータ、日本語で情報と思っている人もいるかもしれない。こうした解釈のあいまいさが、ITベンダーが、要件定義より上流の工程に踏み込んでいくときに難儀する1つの要因になっているのではないか、というのが今回の考察である。

 われわれが使う言葉の多くは、定義のはっきり定まっていない、いわゆるバズワード(Buzzword)である。しかし、自分なりに、頭の中でハッキリした定義を持っていると、筋道だった思考ができるようになる。

 情報という言葉が初めて使われたのは、「佛國歩兵陣中要務實地演習軌典」(酒井忠恕、1876年)といわれている。Renseignement(フランス語)の訳語として当てられた。敵情の報告といった意味である。戦略などと同じく、軍事にかかわる用語であった。ITの元をなすInformationの訳語として当てられるようになったのは、1950年代以降である。

 情報の定義はたくさんある。わたしが気に入っているのは、情報処理学会の元会長、高橋秀俊先生のものだ。

 「『知る』ということの実体化。われわれが、あるものについて『知る』ということは、何かしらを得たこと、何かを頭の中に取り込んだことである。その『何かしら』を、われわれは情報と呼ぶのである」

 また、経済学者のマクドノウは『情報の経済学と経済システム』の中で、知識とは情報を使って意思決定した結果や体験、経験を学習したものと定義している。

 両者の定義を合成すれば、自分の身の回りの外界から、刺激や信号といった形で五感を経由して、自身の脳に伝わって来て、意思決定に使ったり、後日の利用のために知識として蓄えたりするものが情報ということになる。つまり、情報の端っこには人間がいて、人間の頭が受け手になっており、情報の受け渡しには、人間が介在するということである。

 一方データとは、主にコンピュータで取り扱うことを目的にして、計測器や人間の五感で認知できる事象や信号などを、定められたルールに従って、数値化あるいはビット列にしたものであると定義できる。データは人間が介在しなくても生成、活用される。制御システムなどでは、計測器からデータが生成されるし、プラントや自動化された製造ラインなどでは、データによって制御が行われる。

上流工程をうまくまとめるコツ

 ITベンダーには、情報とデータを区別せずあいまいに使っていたり、同一のものとして扱っていたりする人がいる。業務の流れを考えると、情報とデータが同じであると理解するのも無理からぬところもある。現状分析、要件定義、外部設計、内部設計と業務プロセスを経るに従って、情報はあるところで、データとなり、データベースに取り込まれたり、制御に使われたりするからだ。情報がデータに変容するわけである。

 しかし、システム構築の上流工程で顧客と情報について話をする段階では、情報とデータは明確に識別しておかないと話がおかしくなる。なぜなら、顧客がまず話し合いたいのは情報についてだからだ。「業務のどこで情報が発生し、どのようなルートで、誰に、いつ、どのように伝わるのか」、「情報を伝えられた人は、それを使って、どのように判断し、意思決定をするのか」、そして「ITは、情報の伝達や加工、蓄積、管理といった機能を使って、情報の流れのどの部分を、どのように支援してくれるのか」といったことが顧客の最大の関心事なのだ。

 経営者は会社のヒト、モノ、カネといった経営資源を、情報という形で間接的に把握し、管理している。「IT経営」といった文脈で情報を語るときは、経営資源に関する情報が、どういう形で、経営者にもたらされるかに興味があるわけである。

 データの扱いは、ベンダーが考えることである。顧客は、必要な時に所望する情報が、間違いなく入手できればそれでよい。一方、ITベンダーは、情報の持っている属性、発生頻度、長さ、他の情報との関連、階層性、構造などを明らかにし、どのようにデータベースに取り込むか、データをどう扱うかという立場で接しがちである。顧客の業務の中からエンティティを抽出し、スキーマをどのように構築するかといったスタンスで臨みがちである。

 顧客は情報を意思決定のトリガーや知識の源として扱おうとし、ベンダーはデータベースを構築する源として扱おうとする。情報に対する考え方やスタンスの違いが、上流工程の意思疎通を困難にするわけである。打ち合わせは、相手の土俵で、相手の立場を尊重して臨まなければならない。

 ITベンダーは、顧客にデータの取り扱いについて一緒に考えてくれと言ってはならない。要件定義より上流の工程では、「データ」という単語は、忘れておくのがよい。

 これが、上流工程をうまくまとめるコツである。

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プロフィール

さいとう・じゅんいち 未来計画代表。NPO法人ITC横浜副理事長。ITコーディネータ、CIO育成支援アドバイザー、上級システムアドミニストレータ、環境計量士、エネルギー管理士他。東京、横浜、川崎の産業振興財団IT支援専門家。ITコーディネータとして多数の中小企業、自治体のIT投資プロジェクトを一貫して支援。支援企業からIT経営百選、IT経営力大賞認定企業輩出。


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