現場で効くデータ活用と業務カイゼン

「進化するのは、変化に強い種だ」――FileMaker Conference 2009導入事例(2/3 ページ)

» 2009年10月31日 08時00分 公開
[石森将文,ITmedia]

ダーウィンの進化論に着想を得て

名古屋大学付属病院 吉田茂医師 名古屋大学付属病院 吉田茂医師

 続いて登壇したのは、名古屋大学医学部付属病院の吉田茂医師である。吉田氏は同院で「メディカルITセンター長」を務める。これは民間企業におけるCIOに対し、CMIO(Chief Medical Information Officer)と位置付けられる立場だという。

 同院では、Itaniumプロセッサを搭載した富士通の基幹IAサーバ「PRIMEQUEST」はじめブレードサーバ群で構成したインフラに、データベースとして従来はOracle、現在はCACHEを利用しており、その上で電子カルテシステムを運用している。「税金ではありますが」と断りを入れた上で、「大変なお金を掛けただけあって、とても高速で安定したシステム」だと吉田医師は評するが、反面「残念ながらユーザーの満足にはつながっていない」(吉田医師)のだという。

 要因は何か? 吉田医師は「多様性や変化への対応不足、そしてユーザービリティーの低さ」を挙げる。

 これには、医療という業界特有の事情が関連する。例えば診療報酬が改訂されるたびに、システム側の対応が必要となる。また「手術」という大きなイベントが発生する診療科かそうでないかにより、DBの構成も大きく変わるという。患者とその家族の、医療に対する意識も変化しており、「治療する」だけでなく、数10年にわたる慢性疾患に対するように「コントロールする」、そして「(患者を)みとる」というニーズがある。ここで挙げた多様性はほんの一例であり、すべてに適したインタフェースなど、あり得ようはずもない(ただし吉田医師は、「病院は企業の情報システム部に相当する部署を有していないのが一般的で、SIに当たっては個別に医師や医療関係者にヒアリングしつつ進めなければならない。その中で富士通はよくやってくれている」と評価した)。

 構造上、現場のニーズを反映しきれず、ブラックボックス化してしまい些細な修正にも大きな費用が掛かる既存の電子カルテシステムを、吉田医師は「ベンダー依存型」だと述べる。対してかゆいところに手が届き、医療環境の変化にも迅速かつ低コストで対応できる仕組みを「ユーザー開放型」として紹介する。既存の電子カルテシステムはそのままに、ユーザーがカスタマイズ可能なシステムをアドオンすることで実現し、それを「User-Madeシステム」として定義する。

 User-Madeの電子カルテシステムは、ボトム/ミドル/トップという3つのレイヤーで説明される。ボトムレイヤーは基幹、企業におけるERPである。名古屋大学医学部付属病院では、富士通のSIによる電子カルテシステムが相当する。

 ミドルレイヤーは、ボトムレイヤーと、(後述する)トップレイヤーのデータ連携を担う。また監査証跡の確保も行う。ここまで紹介したボトムとトップに関しては「正直、FileMakerが苦手とする、あるいは、ほかのソリューションで構築した方が適当な分野だ」と吉田医師は話す。

 そして、もっともユーザーに近いトップレイヤーに適するのが、FileMakerなのだという。名古屋大学付属病院では、29ある診療科および中央診療部門、そして各業務部門において、インタフェースとしてFileMakerが利用されている。電子カルテと、各部のFileMakerのDBは、XMLにより一定の周期で同期する。「従来は、“電子カルテシステムは使い勝手が悪い”とし、“自作のDBには詳細な医療データを入力するが、電子カルテには形式だけ入力する”というケースもあったが、現在はそのような現象はない。二重入力の手間、という問題も、根本的に解決された」と吉田医師は効果を述べる。

 吉田医師は、FileMakerによる“手作りシステム”を組み込むことのデメリットも認識する。例えば医師は転勤が多いため、残されたシステムがブラックボックス化しかねない。ITの専門家でもないため、自作システムの仕様書なども存在しないことが多く、引継ぎもままならない。基幹系との連携も難しく、扱えるベンダーも少ない(大手SIerには、ほとんど相手にされない)。大きな問題は、「証跡管理が困難なため、真正性が満たせないことだ」と吉田医師は指摘する。こういった点は、(同院における富士通のような)大手によるソリューションが得意とするところだという。

 このような(真正性確保以外の)リスクを軽減するため、吉田医師は「日本ユーザーメード医療IT研究会(Japanese Society for User-Made Medical IT System:J-SUMMITS)」を組織した。「User-Madeは本来、和製英語。正しくはEnd User Computing、またはEnd User Applicationとでもするべきだが、本会の略称を“J-SUMMITS”とするため、あえて選択した(笑)」と吉田医師。医療機関である幹事会員および、民間企業も含まれる賛助会員のネットワークは全国に広がり、医療従事者自らが、ITシステム構築を行う際の知の共有を進めているという。

「ダーウィンは進化論において、“生き残るのは、強い種でも知的な種でもなく、変化に適応できる種だ”と述べた。ここにFileMakerの選択に至る、ヒントがある」(吉田医師)

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