本書のキーワードである「ポジティビティ」(原著のタイトルは、ずばり“Positivity”です)は、前述のリストのような「ポジティブ感情」とは少し違います。個々の感情(情動)はうつろいやすく、外からの刺激(例えば悪いニュース)によっていやおうなく誘発されます。また、同じ刺激を受けても、生じる感情には個人差があります。一方ポジティビティは、本書では「自己肯定的な心の状態」と定義されています。ポジティブな感情を増やしたり、ネガティブな感情の波紋を広げないようにしたりした結果としての心の状態を指しているのです。
本書の眼目は、その「自己肯定的な心の状態」をポジティブな感情とネガティブな感情の比として示しているところです。それがタイトルにもなっている「3:1の法則」です。
まず、ポジティブな感情というインプットと、心身の健康・良好なコミュニケーション・仕事の生産性といったアウトプットの関係は、線形ではない。これが著者の主張の前提です。圧倒的にネガティブな気分、例えばポジ:ネガ比が1:9くらいのところからポジティブ感情を2倍に増やして2:8にしたところで、アウトプットが2倍になるわけではないということです。ポジティブな感情がアウトプットにつながり、それがまたポジティブ感情を生み出すといった好循環を形成するためには、あるティッピング・ポイント以上のポジティブ感情が必要なのです。
最も驚くべきは、そのティッピング・ポイントが定量的に示されているということ。それがポジ:ネガ比=3:1だというのです。
本書には、過去24時間の感情を振り返って、いまのポジティビティを自己診断できる簡単なテストが付いています。わたしも早速やってみました。ごくふつうの1日を過ごしたあとだったので、自分としては平均的な数値が出るだろうという見込みがありました。結果は……3:1には遠く及びませんでした。本書にはネガティビティを減らす、あるいはポジティビティを増やすコツ(もちろん、その多くは研究によって支持されています)も数多く載っていますので、それらを参考にして楽しみながら計測していきたいと思っています。
「ポジティブにいこう!」的なメッセージに脳天気さやうさんくささを感じる人は少なくないと思います。つまり「ポジティブ」という言葉には、ネガティブなひびきがあるのです。その点で、調査・研究にできるだけ依拠して書かれている本書は、読者に安心感を与えてくれます。文章も平明で読みやすく、いわゆるポジティブ心理学の総説としても一読の価値はあると思います。ただ、原著に添えられている注や引用文献が邦訳では削除されていて、訳書だけではどこまでが著者の個人的な見解なのかを知ることができません。著者の主張を根拠づけるこれらの貴重な情報が削除されてしまったのは残念です。
ちなみに本書から受けた最大のポジティブ感情は、編集者が拙著(『クリエイティブ・チョイス』)を手掛けた方だったこと。良い本を選んで世に送り出してくださったことに感謝します。
著:バーバラ・フレドリクソン、監修:植木理恵、翻訳:高橋 由紀子
日本実業出版社
2010年6月24日
ISBN-10: 453404724X
ISBN-13: 978-4534047243
1680円(税込み)
ポジティブ・ネガティブの黄金比は「3:1」。このバランスが人や組織を上昇スパイラルへと導く。アメリカの注目の心理学者、バーバラ・フレドリクソンの画期的な研究結果である上昇スパイラルに導く「ポジティブ感情とネガティブ感情の黄金比」を解説する。
株式会社アーキット代表。グロービス・マネジメント・スクール講師などを兼任。
「個が立つ社会」をキーワードに、個人の意思決定力を強化する研修・教育事業に注力している。工学修士(早稲田大学理工学研究科)取得後、外資系コンサルティング企業(現アクセンチュア)入社。シリコンバレー勤務を経験。帰国後日米合弁のベンチャー企業にて技術および事業開発を担当。2002年より現職。
著書に『クリエイティブ・チョイス』『リスト化仕事術』(『リストのチカラ』の文庫化)がある。「起-動線」「*ListFreak」などのサイト運営も手掛けている。
ITmedia オルタナティブ・ブログにて「発想七日! 」を執筆中。
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