成績管理のムダをなくして“生徒と向き合う時間”を増やす――長峡中学の脱エクセル効果

日々の作業に追われて、生徒と向き合う時間が減っていく――。こんな課題に直面した福岡県の教師が独力で成績管理システムを立ち上げた。多忙な教師の仕事を効率化し、市内6校の中学校も使い始めたというこのシステムは、どのようなものなのか。

» 2015年04月08日 09時00分 公開
[末岡洋子ITmedia]
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 教師の1日は忙しい。生徒に勉強を教えるほかにも、生活指導や授業の準備、出席管理などといった仕事がある。中学校ではそれに部活の指導も加わるため、上手く時間をやりくりしないと、人を育てる上で大切な“生徒と関わる時間”が減ってしまうのが課題といわれている。

 その上、さらなる問題も浮上している。“生徒の問題行動が起こりやすい時期”に、教師の繁忙期が重なっていることだ。生徒の気が緩みがちな夏休み明けと卒業前のシーズンは、生徒の様子を注意深く見守り、場合によっては寄り添い話し合う時間が必要となる。しかし、この時期は成績の処理や通知表の作成などで忙しく、十分なケアができないこともあるという。

 ITの力を借りて教師の仕事を効率化し、生徒とのコミュニケーションに費やす時間を増やすことはできないか――。そんな思いから、学校向けのシステム開発を思い立ったのが、福岡の行橋市立長峡中学校で技術家庭科を指導する入江義幸氏だ。

1人の生徒の情報、場所もフォーマットもバラバラに

 長峡中学校では、生徒の成績に関する情報が一元管理されていないことが課題になっており、それが教師の無駄な作業を増やしていた。生徒の情報は学年やクラスごとにバラバラに管理され、フォーマットも紙あり、エクセルありで探しづらかったと入江氏は振り返る。例えば、2年生になって英語の成績が下がった生徒がいた場合にも、1年の時から苦手だったのか、2年になってから異変が起きたのかを把握するのが困難だったのだ。

 こうした問題を解決するために入江氏が開発したのが、生徒の3年分の成績データを一括で管理でき、調査書や通信簿、内申書の作成機能も備えた成績管理ソリューションだった。

 カスタムデータベース作成ソフト「FileMaker Pro」で開発されたこのシステムは、PCの入力画面から各教科を担当する教師が生徒の成績を入力できるようになっており、入力されたデータはサーバ内のデータベースに集約され、一元的な管理が可能になる。これにより、クラス担任が1人で全生徒のデータを入力する必要がなくなり、作業の負荷が大幅に軽減されたという。教師同士のデータ共有が進み、3年間を通した生徒の成長過程を追いやすくなったのも大きなメリットだった。

Photo 成績データの入力画面
Photo 通知表のプレビュー画面

 このソリューションは行橋市の目にとまり、今や入江氏の成績管理システムをカスタマイズした教育現場向けソリューションが、市内6校の公立中学校に導入されている。

現場の教師だから分かる“本当に必要な機能”とは

 行橋市は入江氏のシステムを導入するにあたり、どの学校でも使える汎用性の高いものにカスタマイズした。具体的には通知表、公立/私立高校に提出するための調査書、生徒指導要録の3つを1つに統合し、生徒に割り振った個別のIDを使ったデータの呼び出しや入力、管理を行えるようにした。

Photo 行橋市内の6校で使われている成績管理システムの構成図

 行橋市が入江氏の成績管理システムを導入したのは、教師の視点で必要だと思う機能を実装しており、それが使いやすい形に仕上がっていたためだった。

 ポイントの1つは「複数の教師が一斉に作業ができる」点だ。教師一人ひとりが情報を管理し、メールでやりとりして情報を共有するやりかたは無駄が多く、情報が途中で誤入力されるおそれもある。入江氏のシステムは、この無駄な手間を改善している。

 「学校の業務ではクラス担任だけでなく、他の教科の先生たちも生徒の情報を記録します。こうした運用をする場合、一人の生徒に関わるさまざまな教科の先生たちが一斉入力できるのは大きなメリットになります」(入江氏)。効率面だけではなく、“全員で生徒に関わっている”という意識が持てる”のも大きいという。

 もう1つはセキュリティ面のメリットだ。入江氏のシステムでは、教師が入力したデータはサーバーに保存され、生徒の情報を外に持ち出すことができないので、情報漏えいのリスクが低くなる。

 セキュリティ面ではさらに、成績を改ざんされる心配がないのも大きかったという。入江氏がシステム開発に利用したFileMakerは、データを編集するたびに“いつ、だれがどんな作業をしたか”のログが残るため、データを改ざんしてもバレてしまう。「簡単にデータを改ざんできない仕組みがあり、個人データの安全性を確保するという点で優れていました」(入江氏)

 懸念されていた、手書きに慣れている教師からの反発もほとんどなかったという。「これまで担任教師は通知表を作成する際に、生徒1人あたり40近くの印鑑を押していましたが、(システム化によって)教科担任が入力したデータを貼り付けられるようになったので、手間がかからなくなったのです。システムの導入で個々の負担が増えたところもありますが、最終的には担任教師の負担が減るので、反発の声はほとんどありません」(同氏)

 課題は現状、微調整が必要な部分を教師が自分たちで修正しなければならないことだ。ただ、FileMakerは、ワードやエクセルを扱うのと同じような感覚でシステムを修正できるため、すぐ問題を解決できるのはむしろ助かるという。大きめの改修については、各校ごとに異なる通知表への最適化などがあり、次のコンピュータの入れ替え時期である2017年度には、システムの汎用化を手がけたジュッポーワークスと再契約して改善を図るという。

 今後は、新たなソフトウェアの導入も検討したいと入江氏は意気込む。その1つが、勉強以外の子供の行動を教師が共有できる機能の実装だ。例えばある教師が、「○○君は授業中、暗い顔をしていた」と書き込んだ時に、別の教師が「この時間にこんなことがあったからでは」と応答すれば、忙しい教師同士がわざわざ対面で話すことなく情報交換が進み、生徒に対する理解が深まる。こうした子供の行動データを蓄積できる専用ソフトがあれば、さらに便利だ。

 入江氏が「カルテのようなもの」と表現するこの情報共有システムは、すでに別サービスの掲示板で実現しており、「成績だけでは表せないところがある」生徒たちの情報を把握するのに役立っているという。

 同氏が目指すのは、成績管理システムの中にカルテ機能を実装すること。このソフトウェアを小学校まで広げて導入し、義務教育9年間の教育カルテにするのが目標だ。

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