さて冒頭の疑問に戻ろう。江崎グリコの展開は、フレームワークで考えるとその狙いが明確に分かる。
経済学者のイゴール・アンゾフは、企業の成長戦略を4つにパターン化した。いわゆる「アンゾフのマトリックス」である。既存の顧客を対象にするのか、新規の顧客を狙うのか。既存の製品を用いるのか、新製品を開発するのか。顧客・製品、新規・既存の掛け合わせの4つだ。
江崎グリコは、「既存製品×既存顧客=市場浸透」が少子化によってこれ以上は図れないとの危機感から、「顧客接点を多様化させる」プロジェクトを発足させた。
その一つの方向性である、「オフィスグリコ」は、「既存製品×新規顧客=新市場開拓」である。菓子を食べるという習慣が低かったオフィスシーン、特に菓子を食べていなかった層を開拓し、現在の利用者は7割が男性だという。しかも一度、押さえた12万という点と点を結ぶ面は、そう簡単に競合に覆せるものではない。
ちなみに当初、彼らが想定していた顧客層は女性だったとのこと。「若い男性たち(主として未婚)は、朝食代わりにリフレッシュボックスのお菓子を食べるようです。30代以上の男性(主として既婚者)は、メタボがどうという以前に、とにかくストレスを軽減し、あるいは空腹を満たすことを優先して食べているようです」(『利用者の7割が男性! オフィスグリコの仕掛け人に聞く』、2012年6月29日、ビジネスメディア誠)。
そしてオフィスで味を覚え、それまでにはしなかった仕事場での間食という愉しみを覚えた男性たちは町でもグリコの商品を手に取るようになった。「当初は『コンビニエンスストアなどの売り上げを圧迫するのではないか』という懸念を口にする人々もいました。でも、実際には圧迫するどころかその逆で、新規需要を創造することになっていると私は判断しています。オフィスグリコは今や“有料試食”と言うべき位置付けになっていると思います」(同)。冒頭の私自身の疑問への答えはオフィスグリコ仕掛け人、相川氏のこの言葉に凝縮されているように思うがいかがだろうか。
さて、もう一つの方向性である「ぐりこ・や」「ぐりこ・やkitchen」は、「新製品×既存顧客=新製品開発」である。菓子を通常食べている顧客層に対して、今までに見たことのない、他では手に入らない商品を提供することで、「ワクワク感」を醸成し、需要を喚起しているのだ。
無論、これら店舗や新製品が提供するワクワク感がメディアなどを通じ拡がっていくことにより、ブランド基盤を強固にし、日常、既存商品の拡販につながるメリットもあるだろうし、ここで消費者インサイトをつかみ、全国展開できる商品開発につなげる意図も充分にあり得るだろう。
卸や小売店など複雑な流通経路に載せて自社の商品を展開するメーカーにとって、直接に生活者と触れ合い、あるいいは自身の思うままに棚割を設計できる直販店の存在は、存外に大きい。そしてその重要度は、売り場さえ確保すればモノが売れた時代から遠く離れた今、さらに増しているからだ。
日本の人口縮小はもはや逃れられないところまできている。それは、少子化という危機に直面した製菓業に限ったことではない。その環境下で、「何」を「誰」に売っていけば生き残りが見えてくるのか。
「モノからコトへ」は言われて久しいが、それを具体的にどのように展開するのか。江崎グリコの場合は「オフィスのソリューション」であり、「ワクワク感」であった。その二つは、菓子というカタチを借りて、顧客への具体的な「働きかけ」を行っていることで通底している。
「顧客は誰か?」を考えることはマーケティングの基本である。江崎グリコの場合は潜在需要を持った新規顧客を開拓し、さらに既存顧客の需要を新たに喚起した。そうすることで、今までの新規顧客・既存顧客という枠を越えて「コトを満たすニーズを持った顧客」というターゲット顧客の再定義をしたのである。
黙っていれば市場とともに縮む運命。それをどう切り拓いていくのかの一つのヒントが、ここにあるように思う。
東洋大学経営法学科卒。大手コールセンターに入社。本当の「顧客の生の声」に触れ、マーケティング・コミュニケーションの世界に魅了されてこの道 18年。コンサルティング事務所、大手広告代理店ダイレクトマーケティング関連会社を経て、2005年独立起業。青山学院大学経済学部非常勤講師としてベンチャー・マーケティング論も担当。
共著書「CS経営のための電話活用術」(誠文堂新光社)「思考停止企業」(ダイヤモンド社)。「日経BizPlus」などのウェブサイト・「販促会議」など雑誌への連載、講演・各メディアへの出演多数。一貫してマーケティングにおける「顧客視点」の重要性を説く。Facebookでもいろいろ発言しています。
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