『窓ぎわのトットちゃん』が救った電車たち杉山淳一の時事日想(4/4 ページ)

» 2014年05月30日 08時00分 公開
[杉山淳一Business Media 誠]
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保存費用と歴史的価値のバランス

 信濃川田駅に置かれている車両は、どれも長野電鉄の歴史を表現している。特に「ED502型」機関車は長野電鉄の貨物輸送時代を象徴する。貨物列車の終了後はいったん他社に売られ、わざわざ保存のために長野電鉄に戻された。「モハ1003」は戦後の物資不足の時代に作られた「運輸省規格型」と呼ばれる車両で、現存する車両は少ない。「3500系」は東京の帝都高速度交通営団(現東京メトロ)日比谷線で活躍し、長野電鉄に移籍した電車だ。廃止された屋代線で最後まで走った電車である。

photo 去就が未定の「モハ1003」(2008年撮影)

 保存車両の維持と整備にもカネがかかる。塗装の劣化は問題だ。雨ざらし、日当たりがあるなら、定期的に塗装し直す必要がある。木製部分は放置すれば腐っていくから補修も必要だ。全国の公園などに蒸気機関車が置いてあるけれど、内部にアスベストが使われて問題となったこともある。継続して展示するなら除去工事が必要で、その機会に撤去解体した例もあると聞く。今後、積み重なっていく保存費用、あるいは解体費用を考えれば、無償でも引き取っていただければ好都合である。「トットちゃんの広場」にもらわれた電車は新たな価値を見いだされた。残りの車両もそんな引き取り手が表れたら……と長野電鉄は期待しているかもしれない。

 引き取り手がなかったとしても、解体処分は残念すぎる。せっかく信濃川田駅と線路を残したなら、ここを鉄道テーマバーク、ミニ博物館として整備してほしい。

 ところが長野電鉄は赤字を理由に屋代線を廃止したくらいだから、資金に余裕はない。では観光資源として自治体の支援を、と言いたいところだけど、営業中の路線へ支援するならまだしも、廃止された路線の駅に出資するなんて、という意見はあろう。そもそも信濃川田駅に保存展示したところで、その維持費用を上回るだけの便益はあるか。保存車両を見物にいくための鉄道路線は廃止されてしまった。公共交通機関はバスのみだ。

 鉄道路線がなくバスで行く鉄道保存施設として、鹿児島県南さつま市の加世田バスターミナルを紹介しよう。廃止された鹿児島交通枕崎線の加世田駅跡を、バス路線の結節点として改装したところだ。ここには鹿児島交通の蒸気機関車、ディーゼル機関車が屋外展示されている。ディーゼルカーも整備工場内で保管されているようだ。また、南薩鉄道資料館という小さな見学施設もある。私はわざわざバスを乗り継いで見物に行った。鉄道に限らず、産業遺産を訪ね歩く旅人は確実に存在すると思う。廃止された屋代線の沿線には北野美術館や豪商田中本家博物館、松代城や川中島合戦に関する遺跡も多い。第二次大戦末期に大本営を移設する目的で作られた象山地下壕もある。

 これらの観光資源に「信濃川田駅鉄道パーク」を加えて、この地域の観光拠点にできないだろうか。この地域はえのき茸人工栽培発祥の地だ。えのき茸を使ったお土産の販売も考えられそうである。しかし、これらの材料をまとめて観光事業とする取り組みはなさそうだ。これも廃車された車両と同じくらいもったいない。

photo 例として紹介した鹿児島県の加世田駅。露天にもかかわらず、塗装や整備が行われ、保存車両の状態は良好だ

 (※初出時、「窓ぎわのトットちゃん」名称記述が誤っておりました。お詫びして修正いたします。お知らせいただきました読者の方、誠にありがとうございます)


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