シンセサイザーやPCを使った実際の曲作りだと、ドラムパターンでリズムを作り、ベースでパラメータをいじって、サンプリングCDを持ってきて――など、音を組み合わせた楽しみに至るまでに大きな時間と労力がかかるが、LOOP RECを使えば「何にも考えずに、くるくる回して重ねてくだけで曲っぽいのものができちゃう」(営業担当の水原徹さん)。
8ビートまでしか録音できない点は、割り切った部分でもある。「もっと長く録音したいという声もあるが、あまり残せるようにすると、データを管理しなくちゃならなくなったり、データを入れ替える作業が発生したりと面倒が増える。さっと電源入れたら使えて入れ直したら消えて、という刹那的な楽しみを提供したかった。『夏の夜の夢』ではないが、その時だけ楽しんでもらえれば」(坂巻さん)
タッチパッドのどこに触れているかによって、左上のLEDの表示も変わる。「光って動いているものが欲しかった。音だけじゃないものを返してあげたほうが、気分がいいから」(坂巻さん)
それぞれの機能を、誰にでも分かるユーザーインタフェースにどう落とし込むか。最も苦労した点だ。
「開発者はみんなシンセに詳しいので、何が簡単で何が難しいかが分からなくて」(坂巻さん)――機材が苦手なアーティストの立場になり、想像力を駆使して考えていった。「『この機能はみんな分かる』『この機能は伝わらないかも』」と。
ハーモニカやブルースハープのような、とことん敷居の低い楽器を作りたかった。「昔、何かのジャムセッションで、アーティストがベースの人にキーを聞いてブルースハープを選んでぶわーっと吹いていて。キーさえ分かれば、思いのままに息遣いで表現できるようなソロができてしまう」(坂巻さん)。そんな楽器を目指した。
ただ簡単なだけではない。使いこなせば本格的な演奏も可能で、ユーザーの中には、タッチパッド部に碁盤の目の透明シールを貼り、スタイラスやギターのピックなどで正確な位置をタッチして音程を操る人もいるという。
簡単で奥深い楽器KAOSSILATORは、楽器の範疇(はんちゅう)を超えた。IT関連のWebサイトやガジェットサイト、一般のメディアなどでも紹介されて人気を集めた上、YouTubeに演奏動画が投稿され、注目を浴びた。「YouTubeに動画がすごくいっぱい上がって、すごい勢いで再生されていって、びっくりした」と水原さんは振り返る。
そして、飛ぶように売れた。「ある程度は売れるという確信はあって多めには作っておいたが、想像以上に売れてしまった」(水原さん)。売り上げ台数は非公開だが、「鍵盤楽器の売れてるモデルの10倍ぐらい」(水原さん)の勢いで売れているといい、発売から半年近く経った今も、生産が追いつかないほどの人気。プロミュージシャンから一般のサラリーマンまで購入しているという。
40代以上の男性にも人気だ。「今、楽器店に来られている方は、バンドの時代を若い頃に経験した上で、年を取って収入と余暇もできたオーバー40の方が多い。そういう方が楽器店でみかけて『面白いな、2万円ぐらいか、ちょっと小遣いで買えちゃうな』と買っていってくれる」(水原さん)
技術の進化で音楽制作のハードルが下がっている。YouTubeやニコニコ動画など、作った音楽をカジュアルに発表したり評価してもらえる場も整ってきた。
「コルグは1988年に、1台で曲が作れるミュージックワークステーション『M1』を発売して以来、曲作りや音楽をみんなに楽しんでもらいたいと考えてきた。ソフトやハードの進化でそれがどんどん楽に、どんどん面白くなっている。それがカルチャーとして根付いてきた」と坂巻さんは喜ぶ。
直感的に演奏できるカジュアルな電子楽器も増えている。KAOSSILATORだけでなく、同社とAQインタラクティブが共同開発した、アナログシンセサイザーをタッチパネルで演奏できるニンテンドーDS用の「DS-10」や、LEDボタンで弾くヤマハの「TENORI-ON」などだ。
音楽を作ってる人が増えているという実感もあるという。「これまでに、起爆剤がいくつかあった。M1で、ハードウェアで完結して曲を作れるようになり、DAWによってPCだけで制作ができるようになり、『初音ミク』など、これまでのやり方とは外れるような、新しい楽しみ方をできる製品も出て、浸透してきた」(坂巻さん)ことが背景にある。
カジュアルな発表の場も整った。「ニコニコ動画は、ものすごくまじめな作品じゃなくても、未完成でも発表できる」(坂巻さん)。特に、KAOSSILATORの演奏動画は気軽なものが多い。「普通は完成した音楽をみんなに見せるものだが、KAOSSILATORは、ゼロから作っている段階を見せる動画も多い」(水原さん)
簡単で自由な楽器と気楽な発表の場。技術とネットの進化でこの両方が整った今、音楽作りがこれまでにないほど気軽になっている。
新しい音楽の楽しみ方が、生まれ始めている。
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