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第2章-2 ロボットは考えているのか、いないのか人とロボットの秘密(2/2 ページ)

» 2009年05月21日 14時30分 公開
[堀田純司,ITmedia]
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「人間そっくり」の研究

画像 石黒浩 1963年生まれ。大阪大学大学院工学研究科 知能・機能創成工学専攻。ATR知能ロボティクス研究所コミュニケーションロボット研究室客員室長。また産学共同のベンチャー企業ヴイストン株式会社の創設にも関わった。現在は特別顧問。 撮影:金澤智康

 石黒教授は女性アナウンサーや子ども、あるいは自分自身にそっくりなアンドロイドの開発者であり、人間とコミュニケートする知能ロボットの研究者だ。大学のほか、ATR知能ロボティクス研究所にも客員室長として所属、産学両方の世界で研究を行い、その成果は世界的な注目を集めている。

 そうした教授は「人はなぜロボットをつくる必要があるか」という問いについて、その理由を明快に述べる。

 正直に告白すると、筆者はそもそも「なぜロボットの開発が必要であるか」という問いかけ自体が不要であると考えていた。「なぜロボットか?」。なぜなら、ロボットは人のロマンだからではないか!

 しかし教授は、科学者はそのようないい加減なロマンでは研究してはいけないと冷静に語る。そして実際、教授の研究には明快な目標と根拠があった。

 なぜ、人型のロボットを開発する必要があるのか。それは人間が人間を理解する脳を持っているからである。言い換えると、人間にとってもっとも親しみやすくわかりやすいインターフェイスは人間だから、なのだ。

 技術は、これまでも多くの機械を生み出してきた。しかし機械は多かれ少なかれそれを扱うのに練習する必要がある。なるべく多くの人が、かんたんに機械を操作できるように、人間はハンドルやレバーなど、いろいろなインターフェイスを考案してきた。しかし万人が直感的に操作できる「完全なインターフェイス」は、いまだに実現していない。

 特に近年、情報化の技術が急激に進み、人はサイバースペースの中で多くの情報を取り扱う必要に迫られるようになった。しかしそのサイバースペースと現実をつなぐインターフェイスはまだ過渡期であり、完成していない。

 人はキーボードやマウス、あるいは携帯のボタンといったインターフェイスを接点にして仮想の世界をのぞきこんでいるが、これらのインターフェイスは操作にそれなりの習熟が必要であり、子どもからお年寄りまで万人が直感的に扱える水準には到達していない。これが情報格差、デジタルデバイドと呼ばれる現象が起こる原因であり、結果として技術の偏在というアンバランスが生まれている。

 だから仮想の世界に物理的な実体を与えて、万人が接しやすくする必要がある。人にとってもっとも親しみやすいインターフェイス。それは人。だから工学者は人型の機械を研究する必要があるのだ、と教授は語るのだ。

 たとえば銀行のATMでは、処理中に画面に女性のアニメーションが表示されて「しばらくお待ちください」とメッセージが流れたりする。このような簡単なものでも人間は人間の形に親しみやすさを感じることができる。人にとって、もっとも親近感を感じるインターフェイスは人なのである。

 しかし、そこで感じるのだが、なにも完璧な人そのものをインターフェイスにする必要はないのではないだろうか。教授は人間の女性の外見を完璧に模した「Repliee」シリーズ、自身にそっくりな「ジェミノイド」といったアンドロイドを開発しているが、たとえばポケットモンスターやディズニーのキャラクターなど、キャラクターが長く愛されている実績がある。人間そっくりでなくとも、擬人化されたキャラクターがインターフェイスでもいいのではないだろうか。

 確かにコミュニケーションの相手は、なにかのキャラクターであってもいい。しかしそのデザインに関して、従来の研究では全部デザイナーの感性に任せてきました。それでは、工学として技術を蓄積することができないんです。直感に任せるのでは、その過程に根拠を求めることはできないですから。僕は、まず完璧なアンドロイドをつくって、人間が親密に感じる要素の根拠を調べようとしています。

「ロボットをどう動かすか」ということを研究している研究者は山のようにいます。しかし人が機械とかかわる上において最初の入り口になるのはインターフェイス。すなわちロボットの見かけ。この大切な問題について研究している人間は少なかった。僕は今までのロボット研究は、ある意味で非常に不真面目だったと考えているんです。

「これが人間にとって親密に感じられる要素だろう」と思われるものを積み上げてインターフェイスを構築していくのであれば、目標はあいまいで道は果てしなく遠い。

 だからまず目標を「人型を完璧にシミュレートする」とクリアに定めて、その達成を目指す。

 そして完璧に人間らしさを再現するという目標を達成したら、今度はそこから逆に、人間らしさにとって必要のないものをそぎ落としていく。そうして最後に残るもの。それは人間に「人間らしさ」を感じさせる原理そのものとなる。この「人間らしさの原理」を見つけたい。

 もし、その知識が得られれば、それは技術として再利用可能になり、さまざまな機械や、あるいは鉛筆やコップのような単純な道具にも人間らしさを宿らせることができるようになるだろう。

 人と技術の関わりにおいて大切ななにかを、まず完璧に再現して、そこから引き算で探求しようとする。これが教授が人間そっくりのアンドロイドを開発する理由である。

 →次回「第2章-3 アンドロイドが問う「人間らしさ」 石黒浩教授」へ

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堀田純司

 ノンフィクションライター、編集者。1969年、大阪府大阪市生まれ。大阪桃山学院高校を中退後、上智大学文学部ドイツ文学科入学。在学中よりフリーとして働き始める。

 著書に日本のオタク文化に取材し、その深い掘り下げで注目を集めた「萌え萌えジャパン」(講談社)などがある。近刊は「自分でやってみた男」(同)。自分の好きな作品を自ら“やってみる”というネタ風の本書で“体験型”エンターテインメント紹介という独特の領域に踏み込む。


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