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ビジネスを変える5G

通勤ラッシュがなくなる? 老舗オフィス空間メーカーが「5G」に期待する理由特集・ビジネスを変える5G

» 2019年01月18日 13時00分 公開
[渡辺まりかITmedia]

 「体をぎゅっと引いてください」「次の電車をご利用ください」――都市部で働くビジネスパーソンの多くが聞き慣れた言葉だろう。この記事の読者も、通勤ラッシュの苦痛で「会社に行きたくないな」と感じたことがあるかもしれない。それもそのはず、すし詰めの満員電車で体にかかる圧力は約100キロになるとも言われている(参考:パナソニック)。

 こうしたビジネスパーソンの抱える悩みを、斬新な方法で解決しようとしている企業がある。1890年創業、オフィス家具や空間づくりを手掛ける老舗企業のイトーキだ。

 同社は2018年、情報通信研究機構(NICT)とシャープと共同で、次世代移動通信システム「5G」を活用したオフィスの実証実験を実施した。なぜオフィス内で5Gなのか? それが働き方の改善にどうつながるのか? イトーキでIT活用ソリューションの開発を手掛ける秋山恵さんに聞いた。

光+Wi-Fiの「限界」

 現在、多くの企業のオフィスで高速な光回線が敷かれ、従業員は快適にインターネットを利用できるようになっている。だが、Web会議などのコミュニケーションツールをフル活用するには「まだ不足がある」というのが、秋山さんの実感だ。

photo イトーキの秋山恵さん(商品開発本部ソリューション開発統括部ICTソリューション開発室室長)

 「確かに、通信事業者からオフィスまでの回線は光ですが、その先でPCなどを接続するためにはWi-Fiなどの無線通信が広く使われています。Wi-Fiではトラフィックが混んでくると、Web会議の画像や音声に遅延が生じてしまう。2.4Ghz帯や5.2GHz帯のWi-Fiは、オフィス内に同帯域の電波を発する機器が多く、干渉しがちなことも問題を深刻化させています」(秋山さん)

 Web会議を用いて顔を合わせたコミュニケーションは、相手の表情や会話の間(ま)など、微妙なニュアンスも伝えられることが本来のメリットだ。だが現在の通信環境では、遅延が発生した際に、そうしたメリットを殺してしまう。「だから結局『オフィスで集まりましょう』となってしまっている部分もあると思います」と、秋山さんは話す。

 さらに、端末内にデータを保持せずサーバ上のデスクトップ環境を利用するシンクライアントや、ビジネス向けクラウドサービスの普及が進む中、ネット回線のスピード、そして容量の大きさはますます重要になっている。オフィスの中と外、それぞれの通信環境を改善する必要がある――そこで注目したのが「5G」だ。

5Gで何が変わるか

 5Gとは、現在の4G LTEよりも高い周波数の電波(ミリ波など)を用いた移動通信システムを指し、「低遅延」「大容量」「多接続」などの特徴を持つ。日本では2020年に商用サービスの開始が計画されている。

 これに先駆けてイトーキ、NICT、シャープは2018年3月、基地局機能を内蔵した会議室用テーブル、IoTセンサーチェアなどを会議室に備えた「5Gオフィス」の実証実験を行った。

photo 「5Gオフィス」空間。5Gの高速・大容量通信が場所を問わないコミュニケーションを生み、多接続で室内環境などをセンサリングする

 実験で活用したのが、イトーキが2008年から発売している「LANシート」という製品。シート上にPCなどの端末を置くだけで高速通信できるシステムだ。これに5Gの基地局機能を持たせ、端末が直接5Gでネット接続できるようにすれば、Wi-Fiを用いた既存の通信環境よりも高速化できるのではと考えたのだ。

 「今の無線通信で広く使われている2.4GHz帯は回析性があるため、ビルなどの障害物があっても問題なく利用できます。しかし5Gで活用が期待されているミリ波帯は直進性が高く、回析性に欠けるので、ビル内のような環境だと電波が届きにくい可能性がある。ミリ波帯の普及に当たっては、オフィス内などあちこちに基地局が作られるようになるかもしれない」と秋山さんは話す。

photo 5Gオフィス実証実験のイメージ(出典:イトーキ)

 実験時には正式な5G網への対応機器が用意できなかったため、現在あまり利用されていない3.7GHz帯で既存の通信機器を運用した。ただ、今の通信技術では、求めていた低遅延・高速通信は実現できなかったという。5Gサービス開始後、LANシートに5Gの基地局機能を持たせられれば「求められる高速通信ができるのではないか」と秋山さんは期待を込める。

「会社に行く」は過去のものに?

 オフィスの内側と外側、それぞれの通信環境が5Gによって改善すれば、働き方も進化するのではないかと秋山さんは展望する。例えばVR(仮想現実)などを活用し、自宅や移動中でもオフィスにいるのと変わらない感覚でコミュニケーションする――といった未来も来るかもしれない。

 「そうすれば、本社機能の一極集中が過去のものになるどころか、都心部のセンターオフィスに行く必要もなくなります。人によっては家賃の安い地方に住み、VRなどを用いたテレプレゼンス(遠隔存在感)でコミュニケーションを図る選択もできるかもしれません。時間や体力を消耗する通勤から解放され、好きな場所で働きやすくなる可能性があります」

photophoto 未来の働き方のイメージ(出典:イトーキ)

 場所に縛られない未来の働き方。5Gオフィスなどで実験を重ねているイトーキは、空間づくりの観点からそうした未来を目指していく方針だ。2019年にも、5G関係の実験を計画しているという。「2020年代のうちには、一定の成果をお届けできるのではないか」と秋山さんは話している。

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