2019年10月には、米Googleが自社製の量子コンピュータで、ある問題を既存のスパコンよりも圧倒的に速く解いたとして「“量子超越性”を実証した」と発表するなど、にわかに注目を集めている量子コンピュータ。ここ数年の盛り上がりを振り返ると、一つの契機になったのは15年に米Googleと米航空宇宙局(NASA)が共同発表した「量子コンピュータでシングルコアコンピュータより1億倍高速に計算できた」というニュースだった。
しかし、19年にGoogleが用いた“量子コンピュータ”と、15年にGoogleとNASAが用いていた“量子コンピュータ”は動作原理が異なる。80年代に生まれた量子コンピュータのアイデアの本流をくむのはGoogleが19年に用いた方(量子ゲート方式)で、15年にGoogleとNASAが用いたのは「量子アニーリング」という方式を用いたマシンだ。
“本流”である量子ゲート方式は、従来のコンピュータ(古典コンピュータ)に用いられている情報単位の「ビット」を「量子ビット」に拡張することで、古典コンピュータではできなかった計算を行おうというもの。その一方、いわば“傍流”の量子アニーリング方式は、同じ量子ビットは使いつつも量子ビット同士に相互作用があり、解きたい問題に合わせてうまく相互作用を設定することで、「組合せ最適化問題」を解こうというものだ。
この量子アニーリングの原理は、98年に東京工業大学の西森秀稔教授と門脇正史さん(当時大学院生)が考案したもの。生みの親の一人となった門脇正史さんは現在、デンソーで量子アニーリングの活用に取り組んでいる。
門脇さんは、20年1月に行われた自動車関連の展示会「オートモーティブワールド」(1月15〜17日、東京ビッグサイト)で、デンソーでの量子アニーリング活用の状況や、自動車業界における量子アニーリングも含めた量子コンピュータの可能性について講演した。
デンソーが量子アニーリングで研究している内容の一つが、交通の効率化だ。交通渋滞は、各物体が移動するルートの組合せの中で起きる物体同士の相互作用(衝突)と見なせるため、組合せ最適化問題として量子アニーリングで解くことができる。
17年には独フォルクスワーゲンが、中国の北京国際空港と北京の中心街を結ぶ幹線道路のタクシー渋滞を量子アニーリングで緩和できるとした論文を発表した。
デンソーもこれに近い研究をしており、19年11月には東北大学の大関真之准教授率いる量子アニーリング研究開発センターと共同で、工場内の無人搬送車の効率的な制御技術を発表した。
既存のルールベースで動く無人搬送車に比べ、量子アニーリングによってリアルタイムに制御することで無人搬送車の稼働率が15ポイント上昇(80%→95%)したとしている。
門脇さんは「工場は小さな都市のようなもの。目標は都市のあらゆる交通情報や配送情報を踏まえたルーティングだ」と話した。
デンソーではこの他にも、工場の製造ラインのスケジューリング最適化にも挑んでいるという。「まだ話せることは少ない」(同)としつつも、「7〜30%程度の効率化ができると分かってきた」と進捗状況を明かした。
量子コンピュータや量子アニーリングで交通などの問題に取り組んでいるのは、デンソーやフォルクスワーゲンだけではない。独ダイムラーや米Ford、独BMWなどが量子コンピュータのビジネス適用の模索を始めている。ダイムラーはGoogleやIBMと、FordはNASAと、フォルクスワーゲンはGoogleやカナダD-Waveと、それぞれ共同研究などを行っている。
「論文の数や、各国の予算の増加からも、研究が活発になってきていることが分かる」(門脇さん)
門脇さんは、自動車業界での量子アニーリングの適用先として、交通管理の他に素材開発や、交通管理から派生してMaaS(サービスとしてのモビリティ)が挙げられるとしている。
ただし、「実用アプリケーションの登場時期は2025年ごろだろう」として、すぐさま実用的なものが出てくるわけではないとくぎを刺す。
これは、量子アニーリングマシンにせよ量子コンピュータにせよ、実用的な規模の問題を解くには量子ビットの数が少なかったり、ノイズによるエラーをうまく訂正できなかったりと、ハードウェアが開発途上の段階だからだ。
門脇さんは「今は振り回されずに情報収集に努める時期だ」として、イメージ先行の過度な期待を抑制したい考えを示した。
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