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承認プロセスを“そのまんま”デジタル化 脱ハンコ時代を生き抜くシヤチハタの戦略

» 2020年12月24日 07時00分 公開
[山崎潤一郎ITmedia]

 新型コロナウイルス感染症の流行に伴い、在宅勤務が続く2020年。ハンコは、今や業務のリモート化、デジタル化を阻害するA級戦犯のような扱いを受けている。押印のために出社せざるを得なくなる「ハンコ出社」が話題になり、政府は行政手続き約1万5000種類のうち、99%以上で押印を廃止するとしている。

 GMOインターネットグループは、4月の時点でハンコを廃止した。8月には「脱ハンコに賛成している人は約85%」とする調査結果を発表。「ハンコは偽造されやすい」「確定申告なら本人確認はマイナンバーで十分」などの意見を紹介し、脱ハンコに向けた動きを活発化させている。

 そんな中、浸透印メーカーとして名高い「シヤチハタ」は、電子決裁・署名システム「Shachihata Cloud」の展開に力を入れている。これは、紙とハンコを使った既存の業務プロセスをそのままデジタル化するという特徴を持ったサービスだ。

photo Shachihata Cloud

 Shachihata Cloudは、以前から提供していた「パソコン決裁Cloud」の進化系という位置付けの製品。新機能として二要素認証、タイムスタンプ機能を実装するなど、セキュリティ面を強化した。電子署名を付与して原本性を高めることもできる。書面や印影の公開範囲を設定する機能も備える。

 なぜ“そのまんま”にこだわるのか。同社のシステム法人営業部部長・小倉隆幸氏は「従来の慣れ親しんだ業務プロセスを変えてしまうと、現場の人々への再教育が必要になる。PC操作が苦手な人の中には、ついていけない人も出てくる」と語る。

アナログの作業をそのまま置き換えてデジタル化してきた日本企業

 Shachihata CloudではユーザーがWordやExcelなどで作成した文書や帳票をクラウドにアップロードすると、担当者や上長などがオンラインで赤い印影を押印し、回覧できる。

 デジタル印影そのものには法的な証拠力やファイルの真正性を担保する機能はない。Shachihata Cloudでは電子署名や二要素認証、タイムスタンプなどの機能を取り入れ、デジタル印影の弱点を補完している。電子印鑑は、あくまでも、慣習や安心感といった、日本人の感情的な側面に寄り添うことに主眼を置いた機能と位置付けることができる。

photo

 ITに長けた人や先進的な考え方を持つ人の中には、このようなShachihata Cloudの“そのまんま"思想について批判的な見方をする向きもあるだろう。

 ただ、PCが普及し始めた80年代後半から、一部の先進企業を除き、中小を中心とした多くの日本企業のデジタル化は、現実の手続きをそのままデジタルに置き換える形で浸透してきた歴史がある。

 Excelを起動しマージやけい線を多用して作成し、それをプリントアウトして回覧する帳票などはその典型例だ。「神Excel」などとやゆされ非効率化の象徴のように語られているが、日本の組織にとっては、それこそが受け入れ易いデジタル化の一つの解だったのだろう。

DX時代を生き抜くシヤチハタの戦略

photo シヤチハタ システムの小倉隆幸氏(システム法人営業部部長)

 Shachihata Cloudの料金体系は、いわゆるサブスクリプション型だ。従来はハンコを1本売ってナンボの世界だったものが、毎月、チャリンチャリンと継続的に売上が入るビジネスを実現している。

 DX時代を生き抜くシヤチハタの戦略は、Shachihata Cloud以外にもある。同社は電子印鑑のシステムをAPI化して、他社の電子契約などのサービスに提供している。例えば、米国発の電子契約サービスDocuSignはこのAPIを活用してシヤチハタの電子印鑑を利用できるようにしている。「日本のハンコ文化を尊重」し、赤い印影を書類に押せることを売りにしており、印影を少し傾かせて「お辞儀印」を押すこともできるから驚きだ。

 いわゆる認印と呼ばれる慣習が日本でここまで普及し、社会の隅々まで浸透しているのは、押印というワンアクションで、自らの意志の真正性をその書類に記録することができる効率の良さにある。書類を受け取った側も、赤い印を一見するだけで、その書類の正当性を時間をかけずに見定め、安心して受け取ることができる。

 昨今の押印廃止ムーブメントによる、シヤチハタの業績への影響については「脱ハンコに関しては、影響は大きくない」(小倉氏)と話す。その理由を聞いて納得だ。そもそも、シヤチハタの浸透印は、行政文書などでの使用は認められていない。つまり、脱ハンコは、浸透印とは別の領域で進行している出来事なのだ。宅配便の受け取りといった身近でカジュアルな押印行動においては、その手軽さからこの先も「シヤチハタ」が廃れることはないだろう。

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