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望遠レンズによる圧縮効果はなぜ非難されるのか その背景を考える(2/2 ページ)

» 2021年02月05日 10時46分 公開
[小寺信良ITmedia]
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事実と根底に流れる感情の差

 今回のこうした非難の根元は、「緊急事態宣言が出されても人出が減るはずはない」という、結論ありきの記事ではないのか、という疑惑なのではないだろうか。

 記事を読んでも、何らかの客観的調査が元になっているわけではなく、あくまでも体感的なものが主体となっている。電車を見て、人がいっぱい乗っていたので「いっぱいだった」と書いたにすぎない。取材に応じた一般人の反応も、体感的なものである。

 行政の施作通りに人が動いていない、宣言は失敗なのではないか。記事の背景には、そうした政治的失策を指摘する意図も感じられなくもない。記事に反発する人たちは、そうしたところを敏感に感じ取っているのかもしれない。

 実際に人が減ってるのか減ってないのか、その事実に関しては、なんらかの根拠がないと判断のしようがない。そこでAgoopが無償で公開している「新型コロナウイルス拡散における人流変化の解析」のデータを見てみよう。

 Togetterでまとめられている報道現場は品川駅だそうなので、1月8日の品川駅のデータを見てみる。前日の人出から比較すると、8日の段階では多少減っていはいるものの、本格的に1万人単位で人が減り始めるのは、翌週に入ってからである。

photo Agoop調査による品川駅周辺の人手
pphoto 1月8日の段階では大幅な減少はまだ見られない

 品川にはNTTデータをはじめソニー、キヤノン、ニコンなどITに強い会社がそこそこあるが、宣言が出されて翌日からすぐにリモートに変われる業務は少ないだろう。人が集まりやすいからその立地に会社を構えているわけであり、人が集まって何かする業務がその建屋に集中しているということだからだ。

 その週いっぱいはシフトを決めたり仕事の段取りを決めたりお客さんに連絡したりといった業務があるだろうから、すぐに出勤者は減らず、本格的に減るのは翌週に入ってからというのはデータからも分かる。

 写真から得られる印象というのは、個人差がある。約6万人の通勤客を望遠レンズで撮影した品川駅のショットを見て、事実が歪曲されるほど大げさに見えるという人もいるだろうし、6万人ならこんなもんじゃないのと思う人もいるだろう。

 しっくりこない原因を考えてきたのだが、必要以上に大袈裟に見えると感じた人がいた、だがその非難の矛先がカメラマンの撮影方法に向けられたところに、報道の現場を知る筆者には違和感がある。

 確かに現場で一番目立つのはカメラマンだ。高いところに立ち、でかいレンズを向けていれば多くの人の目に触れる。彼らが報道を作っているかのような錯覚を受けるだろう。だが実際に報道の中身を作るのは、現場記者である。記事のアウトプットの責任は記者が負い、さらに言えばその文章と写真の組み合わせで掲載のGoを出した編集長が負う。

 だから非難に対して、カメラマンの反論記事が掲載されたことにも違和感がある。報道における写真の責任みたいな話にすり替わっているのだが、本質は報道と演出の関係を、そのメディアとしてはどのようにバランスしているかではないだろうか。

 その点については、どこが正解というのはないはずだ。そもそもバランスはメディアの性格によっても変わるし、報じる内容でも変わる。メディアとして一つの筋、というのは、大義名分としては存在してないと困るのだが、実際には各記者にも表現としての制限はあるし、それを認めていかなければメディアとしては終わる。

 バランスは、幅があるものなのだ。そうした見解を、編集責任者が出すのは分かる。だが、カメラマンひとりがその責任を負うのは違うだろう。

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