76回目となる終戦記念日に先立ち、原爆の“きのこ雲”の白黒写真をカラー化した画像に「76年前の今日」というコメントを添えた投稿がTwitterで注目を集めている。
このうち9日に投稿された長崎原爆のきのこ雲の写真は、14日までに1万8000リツイート、4万1000件のいいねを記録。色が付いて現実味が増した一連の画像に対しては「当時もこんな空だったのかな」「色が付くことでタイムスリップする感覚になる」など、当時に思いをはせる声が寄せられた。
投稿したのは、東京大学大学院で情報デザインとデジタルアーカイブを研究する渡邉英徳教授(@hwtnv)。渡邉教授は、広島出身で東京大学在学中の庭田杏珠さん(@Anju_niwata)とともに、第二次世界大戦にまつわる白黒写真を、AIツールと戦争体験者との対話、当時の資料、SNSで寄せられたコメントなどを活用してカラー化する活動「記憶の解凍」に取り組んでいる。AIと人のコラボレーションによって、凍りついていた記憶を「解凍」し、戦争体験者の「想い・記憶」を未来に継承するというものだ。
渡邉教授と庭田さんの2人は、活動の一環でカラー化した写真から355枚を厳選し、2020年7月に写真集「AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争」(光文社新書)として出版。戦争をテーマにした写真集としては異例の発行部数6万部を超えるベストセラーになった。
白黒写真のカラー化というとAIによる着色も一般的になりつつあるが、「記憶の解凍」では着彩に当たって、「AI:1、人力:9」の割合(写真によっては人力が9以上)で行っているという。過去の記憶を現代によみがえらせるプロセスと活動の意義について渡邉教授に聞いた。
渡邉教授が主にカラー化する写真素材は、第二次世界大戦にまつわる写真を集めたWebサイト「World War II Database」や米国国立公文書館、米海軍歴史センター、米国議会図書館などがパブリックドメインとして公開しているものが中心だ。
カラー化には、早稲田大学の研究チームが開発したオープンソースのAI着色ツールや「DeepAI」といったAIツールを使用。
しかし、これらAIツールによる着色をメインにするのではなく、渡邉教授は「特に人物の肌や空・海など自然物の着彩の下地として活用している」と話す。
「ゼロから人の肌などを色付けすることは実はかなり難しく、人間が苦手とする作業。AIは機械学習の結果に基づき、自然物について、ある程度妥当な色彩を提示してくれる」(渡邉教授)
AIは白黒写真とカラー写真のセットを数百万枚単位で学習しており、人の肌や空など普遍的な色彩を持つ被写体の着色に長ける。渡邉教授は「料理に例えると、だしのような存在だ」と説明する。
一方で、AIは当時の人が身に着けていた衣服や電車など、さまざまな色を持ちえる人工物の色の再現は苦手とする。原爆投下によって発生したきのこ雲も例外ではなく、AIツールのみでは通常の入道雲と同様、全て白色でカラー化されてしまうという。このため、これらについては当時の資料や人々との対話をもとに、渡邉教授と庭田さんが手作業で色補正している。
人力での色補正には米Adobeの「Photoshop」を駆使。渡邉教授は元ソニー・コンピュータエンタテインメント(現ソニー・インタラクティブエンタテインメント、SIE)のデザイナーで、当時培ったゲームの背景デザインスキルを、写真の自然なカラー化に生かしている。
白黒写真には今とは断絶された“昔”の印象を抱いてしまうこともある。しかしカラー化することで、現在との時間軸が地続きになるような感覚を覚える人も多いのではないだろうか。
渡邉教授は、閲覧者が当時の様子をさらに実感しやすくするため、できるだけTwitterの投稿日と同じ日付の写真をチョイスし、過去と現在をひも付けることを目指しているという。
投稿写真を見た人たちから追加資料の情報や、研究者からの見解が寄せられ、過去に公開したカラー化写真の色彩を再補正することもある。広島の少女が戦時中を生きる姿を描いた長編アニメ「この世界の片隅に」を手掛けた、片渕須直監督から「原爆投下で発生した、きのこ雲の色が違う」との指摘を受け、再補正したこともある。
庭田さんは、主に出身地である広島市内の戦争体験者から提供された写真をAIツールでカラー化した後、提供者との対話を繰り返しながら当時のエピソードと「記憶の色」を聞き取り、Photoshopで色補正していく。ネット上と現実世界というフィールドの違いこそあれ、資料や対話を通して補正するというプロセスは2人に共通している。
「自分はこの活動について、社会のどこかに“ストック”されていた写真をカラー化して、シェアすることによって“フロー”化し、対話が創発すると解釈している。これが、貴重な資料と記憶を未来に継承していく一助となるはず」(渡邉教授)
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