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接種証明書アプリ、「よくできた」からこそ見えてきた「本当の課題」(4/4 ページ)

» 2021年12月21日 14時11分 公開
[西田宗千佳ITmedia]
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 だから正直な話をすると、海外渡航を予定していない場合、今すぐインストールしてもあまり意味がないのだ。

 現状、接種証明書についてはこれが一番の課題だ。

 アプリをリリースする場合には、「ちゃんと動く」「快適に使える」ことがまず重要だ。だが、それと同時に必要なのが「周知する」「使われ続けるシナリオを用意する」「使われ続けることを前提に、メンテナンスや拡張の準備をする」ということである。

 現状、デジタル庁ができた結果、アプリの開発とメンテナンスについてはうまく手綱を取って進められていると思う。だが、その手前の「なぜこのアプリを広げていくのか」という部分については、ユーザーシナリオ設計が不在なままだ。

 接種証明書を必須のものにする流れになると、接種をしていない人への差別になる、という問題もあり、判断が難しいのは分かる。政治的に、今は判断したくないのかもしれない。

 一方で、民間や地方自治体が独自に発行する「ワクチンパスポート」が既にあり、それらもまた別の存在として使われている。特に民間のものは証明価値が怪しく、位置付けとしても「ワクチン接種者に対するクーポン」に近いとも感じる。

 この点で言えば、COCOAがリリースされた時も同じ課題を抱えていた。アプリ開発のプロセスの問題もあったが、それ以前の問題として、「このアプリは感染症対策の中でどう位置付けられ、どう周知され、国民はどう使っていくのか」というプランに欠けていたことが、問題発覚の遅れや陽性登録が進まない理由などにつながっていた、と筆者は分析している。

 せっかく良いアプリができたのだから、日常生活でどう使うのか、国として位置付けをちゃんと示してほしい、とは思う。

優先順位をつけた開発は重要だが、その先に「政治課題」も

 同時に、アプリ発行後、1つの火種となっているのが、「旧名・別名が併記されているとアプリから証明書の発行ができない」という問題だ。

photo 現状、旧名・別名が併記されているとアプリから証明書の発行ができない。デジタル庁は「修正予定」としている

 原因ははっきりしている。

 マイナンバーカードでは、氏名の欄で旧姓・別名を表記する場合、通常「苗字+名前」で書かれる部分に、“[ ]”でくくって付記する形を採用している。だが今回は、括弧内の情報をあえて扱わない、という判断をした上でリリースを行ったのだ。

 これは技術的観点で言えば妥当な判断だと、筆者は考える。

 冒頭で述べたように、このアプリの開発決定は「9月」である。実質4カ月もない状態で、センシティブな個人情報も扱うアプリを安定状態でリリースするのは大変なことだ。優先順位をつけて考えた場合、例外処理的で動作検証に時間がかかりそうな要素であった「旧名・別名併記時の動作」をあえて初回リリースでは制限事項として外す、という判断は理解できる。

 プライオリティ設定を行い、随時アップデートする前提でソフト・サービスを提供できるようになったことは、デジタル庁が生まれた利点だと感じる。結果的にこうした形の方が、最終的な目的である「全員に使いやすいサービス」を実現するための近道だからだ。

 課題はあるが、むしろ今回の例は「こういうふうに進めるものだ」という例の1つとして分析・理解すべき事例だと思う。

 改善点として指摘したいところがあるとすれば「情報公開の順番」だ。制限が生まれるのはしょうがない。だとすれば、「どんな制限があるのか」「なぜ制限が生まれたか」「どう改善していくスケジュールか」は、アプリ公開より先に告知しておくべきだと思う。メディアは騒ぐかもしれないが、情報が見える方がユーザーにとっての判断材料は増え、信頼感を得ることにつながる。これもまた「UX設計」の1つ。行政アプリにはあまりなかった視点かもしれない。

 もちろん、対象外となった方々は心痛を感じたことだろう。

 だがそれは、接種証明書アプリの開発プロセスの問題というよりは、「夫婦別姓や別名の問題を併記で片付ける」という、もともとの政治判断の側から生まれている課題ではある。

 行政が使うシステムは、結局のところ行政手続きや政治判断に従属する。システム化=国民が利用した際の利便性や最終的な価値からさかのぼって判断をすることが重要なのだ。政策決定においてその視点が持ち込まれる必要性はあるし、それはデジタル庁があるだけではできない。

 接種証明書アプリはよくできたアプリだと思うが、利用促進と旧名・別名併記の両面で、「より本質的な課題」があることも明らかにしたのではないだろうか。

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