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「止まっているはずなのに、動いている」と感じるヘルメット型装置、神戸大が開発Innovative Tech

» 2022年04月12日 08時00分 公開
[山下裕毅ITmedia]

Innovative Tech:

このコーナーでは、テクノロジーの最新研究を紹介するWebメディア「Seamless」を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。

 神戸大学塚本・寺田研究室の研究チームが開発した「装着型LEDアレイを用いたベクション誘発手法の提案と評価□」は、自分は静止しているにもかかわらず、あたかも運動しているように感じる視覚誘導性自己運動感覚(ベクション)を誘発させる頭部装着型ベクション提示デバイスだ。

 実世界において、いつでもどこでもベクションを誘発できるため、例えばランニング中にベクションを誘発させ楽に感じさせるなどの活用が考えられるという。

提案デバイスを装着した様子

 ベクションはゲームや映画で没入感を高めるために使用されている他、高速道路の渋滞を防ぐ走光型視線誘導システムや、床に配置した特殊なレンズを用いた公共施設の混雑を解決するシステムとしても活用されている。

 しかし、これらはそこにいる体験者全員がベクションを感じるため、個人が異なる目的を持つ場合、ベクションの誘発が個人の活動に悪影響を及ぼす可能性がある。またベクションの感じやすさには個人差があり、個人差に対応してベクションの強度を調節することも難しい。

 個人ごとにベクションを提供したい場合、HMD(ヘッドマウントディスプレイ)の使用が考えられる。だが、光学式シースルー型HMDの場合だと視野角が狭く十分なベクションを誘発できない可能性がある。ビデオシースルー型HMDの場合だと前方を撮影した実世界の映像をディスプレイで見るため、デバイスを装着し活動することを不快に感じる可能性がある。

 そこで研究では、実世界を直接見せつつベクションを誘発させる、頭部装着型デバイスを提案する。このデバイスは、ユーザーの視界を遮るディスプレイを配置するのではなく、ユーザー前方にLEDを立体的に配置し奥行きある光の視覚刺激でベクションの誘発を行う。

 デバイスには、 ユーザーから見て上下左右とその斜め方向の計8本の針金(約35cm)がユーザーの視界を囲むように配置される。これら針金の先端に行く途中に円になって支える針金と、ヘルメット側で固定する半円の針金で前方でのバランスをとる。針金はユーザー前方に突出するが、ユーザーがPCを操作するのには問題なくこなせる長さだという。

 針金にLEDテープを取り付け、マイコンとスイッチでLEDの点滅パターンを操作できるようにした。前後方向のベクションはドットが視界中心から放射状に動くような視覚刺激で誘発できることから、LEDはユーザーの視界中心から放射状に配置する。LEDを流れるように点滅させる方法でユーザーにベクションを誘発させる。

提案デバイスの概要と、装着者の視界

 実験では、光学式シースルー型HMD、ビデオシースルー型HMD、提案デバイスの3種類の提示方式を用意し、LEDの点滅方法(視覚刺激の種類)を前方向、後ろ方向、時計回り方向、反時計回り方向の4種類を用意した。

実験で使用するデバイスと視覚刺激の種類

 8人の被験者を対象に、各提示方式で誘発するベクション強度に違いがあるかを比較し、またプロジェクタで投影した動画から感じるベクション(外部環境のベクション)に対し、デバイス側のベクションで打ち消せるかを調査した。

 結果、提示方式の違いによるベクションの誘発性能に有意な差は認められなかったが、提案手法においてもベクションの誘発が確認できた。外部環境のベクションを減少させられると分かった。

 これらの結果から、例えば「ランニング中のユーザーに提案手法でベクションを誘発することでランニングを楽に感じさせる」や「ベクションを打ち消す方法でゲーム中に生じる画面酔いを減少させる」など、実世界の視界を遮らないため、さまざまなシーンでの活用が考えられるという。

(左)ベクションを誘発する例、(右)ベクションを打ち消す例

出典および画像クレジット: 大村 一樹, 大西 鮎美, 寺田 努, 塚本 昌彦. “装着型LEDアレイを用いたベクション誘発手法の提案と評価” 情報処理学会 研究報告ヒューマンコンピュータインタラクション(HCI), 2022-HCI-197, 5号, 1 - 8ページ.



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