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企業横断のデータ活用に「秘密計算」で挑む 法改正の隙間に生まれた市場を狙うSaaSスタートアップ

» 2022年04月13日 16時24分 公開
[吉川大貴ITmedia]

 企業によるデータ活用が活発化している。自販機からデータを集めて売れ筋商品を把握するコカ・コーラボトラーズジャパンなど、事例は枚挙に暇がない。しかし、事業に役立つデータ、中でも個人情報の扱いを巡っては、欧州連合のGDPR(一般データ保護規則)をはじめ、各国で規制が強くなっている。

 日本でも4月1日に改正個人情報保護法が施行となり、個人情報事業者に対して情報漏えい時の報告義務などが課された。データの利活用を推進する変更もあったが、事業者を跨いだデータ活用への規制は強くなった。例えば、提供元では個人データに当たらないが、提供先にとっては個人データになる可能性がある情報を渡す場合、提供元は本人同意を得られていることなどを確認しなければいけなくなった。

 一方、この状況を逆手に取り、ビジネスにつなげようとする企業も出ている。暗号データを暗号化したまま計算する技術「秘密計算」を活用したソリューションを提供するAcompany(アカンパニー、名古屋市)は、組織横断でのデータ活用を法的なリスク判断からセキュリティ保持まで総合的に支援するSaaS「AutoPrivacy」を開発。一部機能を1月から提供している。

 「法律周りは秘密計算にとって大きな壁だが、逆にこれを乗り越えられたときのインパクトは大きい。規制に適応することで、よりアグレッシブに市場獲得を狙う」──Acompanyの高橋亮祐CEOは4月13日に開催の事業説明会でこう意気込んだ。法改正によって生まれた市場を、同社はどう攻略するつもりなのか。


 Acompanyは2018年創業。20年から秘密計算を活用し、データ分析時などの情報漏えいリスクを抑えるソリューション「QuickMPC」を展開している。

photo 秘密計算のイメージ

 通常、暗号化したデータは一度復号しないと計算処理ができないが、秘密計算を使えば暗号化したまま統計分析できる。Acompanyも、暗号化データを復号せず分析することで、データ活用をより安全に行えるサービスとしてQuickMPCを提供している。21年には、大和証券グループのベンチャーキャピタル・DG Daiwa Venturesなどから2億円を調達した。

 そんなAcompanyが1月から一部機能を提供しているAutoPrivacyは、QuickMPCの技術を活用しつつ、企業が組織横断で実施するデータ活用をより総合的に支援するためのサービスだ。

 AutoPrivacyでは、組織横断のデータ活用を5段階に分ける。(1)法的リスクの評価といった「法的アセスメント」、(2)個人データを匿名化、仮名化したり、オリジナルに近い疑似データをAIで作ったりし、規制を回避する「入力・共有」、(3)秘密計算などでデータを守りつつ分析を行う「計算・保管」、(4)プライバシーを侵害する恐れのある分析結果があるか精査し、場合によっては除去する「出力」、(5)分析結果にビジネス的な価値があるかを判断する「評価」──だ。

 Acompanyはこのうち、入力・共有と計算・保管はソフトウェアの機能として提供、法的アセスメント、出力、評価はコンサルタントを受け持つ形で対応している。しかし、今後は全ての段階をソフトウェアのみでサポートできるようにする方針だ。

 例えば法的アセスメントは、現行法を基にフローチャートのようなものを作成し、ユーザーが質問に答えるだけで法に違反しないデータ活用の方法を提案するような機能を提供する方針だ。提供は今夏から今秋を予定している。

 出力と評価についてはAIを活用する方針だ。プライバシーを侵害する可能性があるデータ分析の結果をAIで検出して取り除いたり、ビジネス上の価値をAIで評価したりする仕組みを検討しているという。出力は23年、評価は25年までに機能を開発する計画だ。

AutoPrivacy誕生の背景には「個人情報保護法の理解不足」

 Acompanyが秘密計算だけではなく、企業横断のデータ活用を総合的に支援する方向に舵を切った背景には、いくつかの理由がある。一つは競合の少なさだ。

photo Acompanyの調査結果

 Acompanyの調査によれば、汎用的なデータ分析に向いた秘密計算エンジンを提供する企業は、国内ではAcompany含め2社、世界でも4社ほどしかないという。この希少性を保ちつつ、さらに「法規制にも対応しやすい」という強みを持つことで、中長期的にも利用を獲得していく狙いだ。

 もう一つは、企業による個人情報保護法への理解度の低さだ。Acompanyは20年から秘密計算ソリューションを提供しているものの、商談した企業の中にはそもそも個人情報保護法を誤解しており、適切なデータの保管・運用ができていないところもあったという。

 これまではコンサルティングサービスを提供することで対応していたが、2年間でノウハウが蓄積したことから、製品の機能に落とし込んで提供する方針を決定。結果として、AutoPrivacyのような形で提供するに至ったという。

主要ターゲットはマーケティング事業者

photo Acompanyの高橋亮祐CEO

 秘密計算技術をベースに、法規制への対応をサービスとして盛り込んだAutoPrivacy。すでに開発が済んでいる計算・保管や入力・共有の機能は、一部企業に試験提供している。他にも、広告代理店などから「あるサービスとパートナー企業の別サービス両方を使っているユーザーの情報を突合して分析したい」といった用途で利用を検討する声があるという。

 Acompanyも、データ分析の活発さから、マーケティング事業を手掛ける企業の利用を見込んでいる。他にもヘルスケアやモビリティ、金融事業者への提供も狙うとしている。

 「プライバシー保護とデータ利活用はトレードオフになっている。ここを両立できるようにすることで、プライバシーを守りつつ、データの社会的な価値を最大化することに事業の主軸を置いていく」(高橋CEO)

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