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» 2022年07月05日 08時00分 公開

Engadgetってなんだったんだ?  Ittousai氏に聞く、これまでと新媒体TechnoEdgeが指し示す先小寺信良のIT大作戦(1/4 ページ)

日本のテックメディアの柱の1つだったEngadget日本版が終了し、後継媒体としてTechnoEdgeが誕生した。Engadgetを日本に持ってきて、今度はTechnoEdgeの編集長に就任したIttousai氏に話を聞いた。

[小寺信良ITmedia]

 Engadget日本版が2022年3月いっぱいで更新を停止し、5月1日を以て閉鎖された。17年という長い間、多くの人に親しまれたメディアの突然の終焉には、少なからず驚かされた。

 4月21日に、かつてのEngadget関係者を集めたお別れパーティが、Engadgetゆかりの地、秋葉原にある「アーツ千代田 3331」で開かれることになり、筆者はそのためだけに宮崎から上京して、別れを惜しんだ。

photo 4月21日、「アーツ千代田 3331」で開催されたお別れパーティ

 ところが当日、Engadget日本版の最初のメンバーであるIttousai氏を編集長に、新メディアがスタートすることが発表されたのである。

 そしてこの新メディア創刊は、多くの他のメディアに取り上げられた。競合他社の創刊を各社が報じるなどというのは、なかなかないことである。それだけEngadgetは多くの人に愛されたということであろうし、Ittousai氏のキャラクターもまた愛されたということであろう。

 筆者は2006年、まだEngadget日本版が立ちあがって間もない時期に、日本版の主筆であったIttousai氏に取材している。そして今回は、改めて新メディア「TechnoEdge」の編集長として、再びIttousai氏にお話しを伺う機会を得た。

 これまで雑談したことは何度となくあったが、メディアとしての話を聞くのは実に16年ぶりということになる。


小寺 まずは創刊おめでとうございます。

Ittousai ありがとうございます。皆様のおかげで。

小寺 EngadgetクローズからTechno Edgeオープンまで、早いっちゃ早いですね。

Ittousai 閉鎖の発表が2月15日で、更新停止が3月末だったかな。でも更新停止してからしばらく1カ月くらい何もしないで空いてるだけの時期があったんで、前職の仕事をしてた時期から、2ヶ月3ヶ月くらいですかね。

小寺 やっぱりわれわれとしてはEngadgetのお話からお伺いしていきたいんですけど。先に西田宗千佳さんと矢崎飛鳥さん(Engadget最後の編集長)の対談が出ちゃってるんで、何か焼け野原みたいになっちゃってるところに、僕らは焼畑農業みたいな感じでやっていきたいんですけど。

Ittousai そうですね。焼けた後。

小寺 Ittousaiさんに最初にインタビューさせてもらったのが、2006年なんですよね。あのときはまだEngadget日本版、1人でやってたんですよね?

Ittousai 厳密に言うと、2004年ぐらいに本家ができて比較的早い時期に、各国語版も立ち上げてるんです。世界中の情報を世界中にいち早く届けるという建前はありつつ、『インターナショナルニュースネットワーク』と名乗ったほうが箔がつくし、スタートアップとして高く売れるだろうなみたいな計算もあったんだと思います。それで、日本語できる奴はろくにいないのに、日本版を始めたと。

 米国人の学生で、学校で日本語習ってますとか、彼女が日本人なんて完璧ですみたいなやつを1人雇って。すでにEngadgetに注目していた日本人からすれば、機械翻訳にしてはおかしいぞみたいな感じの状態で「日本語版」が始まって。それに対して個人的にふざけんな真面目にやれと当時の編集部に伝えたら、じゃオマエがやれって言われて。2005年の6月くらいかな? 僕がジョインしたのは。といっても本当にアルバイトとして記事送るくらいで。

 最初にいた、日本語を勉強してた米国人の1人目のスタッフは結構すぐ追い出されてるので。僕が追い出したわけじゃなくて、いろいろあって本当に普通にクビになってて。

 当時は米国の編集部はもう大きくて各地に記者がいたので、仮想編集部としてチャットルームがあって。そこのメンバーとして、日本発の情報を届ける役でした。特派員的にもやりつつ、日本向けに良いネタがあれば日本版で書いてという状態だったので、「1人でやっていた」というよりは、最初から本家編集部に所属して、日本語でアウトプットする役割。

小寺 あのインタビュー当時からもうそろそろ人を雇わないと、みたいに言ってたと思うんですけど、あれから人を雇っていわゆる編集部みたいな格好にはなったんですよね。

Ittousai そうですね。まあでもコストが全部米国本社持ちだったので、雇うといっても僕が執筆者の単価いくらで、今月の予算からするとこうだとかやるわけじゃなくて、ネットの活動や文章を見てこの人良さそうだなって人をもう適当に1本釣りというか、ハンドピックで交渉してお願いして、2人とか3人とかになったのが、2006年7年くらいかな。

 日本版としてのエディトリアルを統括していたという意味では編集長の役割りをしていたけれど、日本版自体がまだ小さな部門みたいな扱いだったので、役職としては日本版「リードブロガー」だったかな? そんな適当な肩書きでした。

小寺 じゃあずっと本家直に所属してた感じなんですね。

Ittousai ずっとそうですね。ただそれがうっかり数百万PVに成長してしまったので、2013年くらいに、やっと日本の会社、当時の運営元だったAOLの日本法人がちゃんと運営するっていう話になった。

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