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過小評価されがちなビジョナリー、ビル・ゲイツの慧眼について話そうか(4/4 ページ)

» 2022年07月22日 07時00分 公開
[本田雅一ITmedia]
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2015年に新型感染症への準備不足に警鐘を鳴らしていた

 さて長い昔話で申し訳なかったが、そんなゲイツ氏がMicrosoftの役職を退任し、ビル&メリンダ・ゲイツ財団で社会貢献事業に取り組んでいたのは知っていたが、実際に取材することは長い間なかった。しかし2016年のことだが、朝日新聞社主催のフォーラムで、久々にゲイツ氏の講演を聞くことができた。

 ゲイツ氏は“フィランソロピー”、いわゆる事業を通じて世の中を改善しようという取り組みについて、日本の事業家も積極的になるべきだという話をしていた。そのなかでゲイツ氏が具体的に取り組んでいたのが、世界の公衆衛生環境格差をなくしていくための事業だった。

 例えば、小児麻痺を引き起こすポリオというウイルスがあるが、アフリカなど経済的に困難な地域でのポリオ撲滅を行うべく、安価な特効薬開発に取り組んでいた。ポリオに冒された患者へ直接的な支援を行うのではなく、持続的に患者を減らすために特効薬開発という事業に投資し、それが貧しい地域にも届くようにするというのがゲイツ氏の考え方だった。

 同様の例はビル&メリンダ・ゲイツ財団が当初より熱心に取り組んできたマラリア撲滅運動でも見られた。マラリアは死亡率が高いにもかかわらず、特効薬がなかった。なぜなら、マラリアが流行する地域は貧しい国しかなかったからだ。先進的な製薬会社が集まる国にはマラリア患者がいない。このため年間50万人の死者がいるにもかかわらず、特効薬開発や防疫活動が行われていなかったのだ。

 そしてこうした活動を通じ、公衆衛生の問題に取り組む中で、ゲイツ氏は2015年には世界的なパンデミックが起きることを予見していた。2015年、TEDの講演でゲイツ氏は人類にとって一番の脅威は核戦争ではなく、新型感染症に対する準備不足だと警鐘を鳴らしていたのだ。

耳を傾けるべきこと

 そのゲイツ氏は、長年取り組んできた世界的な公衆衛生環境向上の取り組みをまとめ、新型コロナウイルスに苦しむ世界に向けてのメッセージとして「パンデミックなき未来へ 僕たちにできること」(早川書房)を出版した。

photo 「パンデミックなき未来へ 僕たちにできること」(早川書房)

 内容の詳細については自分の目で確かめてほしい。ここまで長々とゲイツ氏を取材してきた過去の記憶を掘り返したのは、ゲイツ氏のアプローチが個人的な感想や感覚、あるいは“将来こうなってほしい”という願望、あるいはその反対の悲観からくるものではなく、極めて論理的であることを感じて欲しかったからだ。

 どのような話に耳を傾けるかは、最終的には自分自身が決めることだ。

 しかしひとつだけ書いておきたいのは、ゲイツ氏はある意味、“無敵の人”ということである。無敵の人とは、昨今の世相で社会から見放され、忘れ去られ、失うもののない人が、社会的制約やモラル意識に遮られることなく自由に発言している様子を本来は示しているが、ここでの意味はもちろん違う。

 貧困と公衆衛生の問題に20年以上取り組み、200億ドルの私財を寄付し、最終的には自分が保有するほとんどの財産を寄付しようというゲイツ氏の潔癖性は、このパンデミックをめぐるさまざまな陰謀論を無効化する“無敵の人”と言えないだろうか。

 ゲイツ氏がこれだけの資金を投入するのは、新型コロナウイルスに立ち向かうための様々な取り組みだけではなく、コロナが落ち着いた後にも必ずやってくる、次のパンデミックへの備えだという。

 ところが、いささか荒唐無稽ではあるがゲイツ氏が接種を進めているワクチンにはマイクロチップが入っており、その位置情報を活用した新しい事業を起こそうとしているといった陰謀論が後を絶たない。無敵の人であるゲイツ氏に陰謀論を仕掛けることが、どれほど滑稽かは、ここまで我慢強く読んでいただいた方には分かるはずだ。

 ゲイツ氏が目標としているのは、直近では貧しい国でのコロナ禍対策を支援し、長期的にはグローバルでパンデミックに備える知見を獲得し、どの国でも公衆衛生の問題にもっと深く取り組むようになることだという。

 彼の目には今、何が見えているのだろうか。

photo ビル&メリンダ・ゲイツ財団の本人プロフィールで、ゲイツ氏は技術の革新だけでなくシステムの革新も必要だと語っている
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