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散財系YouTuberが支える、貧しき国のカタチ小寺信良のIT大作戦(2/2 ページ)

» 2022年08月08日 17時00分 公開
[小寺信良ITmedia]
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心まで貧しくしないために

 Apple製品の開封動画は、未だ人気の高いジャンルである。例えば最近販売が始まったM2版MacBook Airは、フルオプション(ソフトウェアは除く)で34万8800円となる。4K動画編集が仕事だという人でないならば、普通の人にはどう考えてもオーバースペックであるが、「買えないけど欲しい」「どんなものか使ってみたい」と思う人は少なくないだろう。

photo M2搭載MacBook Airはフルオプションで34万8800円

 そうした疑似体験を、散財系YouTuberが与えてくれる。そんなにかっこいいわけでもない一見普通のオジサンが小躍りしながらハイテンションで少しずつ開封していく姿は、自分も一緒にそこにいて、友だちが買った最高のオモチャを開封しているところに立ち会ったような気にさせてくれる。

 ここで重要なのは、テンションアゲアゲなことである。買った喜びの全力表現を目の当たりにすることで、視聴者もセロトニンが放出され、幸せな気分になれる。ケチ付けながら開封する動画は、誰も幸せにしない。つまり、「レビュー」ではダメなのだ。開封する行為自体が、ダンスや音楽演奏のような一種のパフォーマンスなのであり、多くの人はそれを敏感に嗅ぎ分けているという事である。

 自分には買えないものを買っている人、その様子を見ることで一定の代償行為とするというのは、うなぎ屋の前で匂いを嗅ぎながら白メシだけを食うような行為のように思える。ふと我に返ると、情けないような気持ちになるかもしれない。

 だが、本当に生きていくのに必要なものではないのならば、そこまで落ち込む必要はない。高級品や旅行などに高い金を払うのは、もともと一部の人に限られるのだ。多くの場合、それらの「欲しい」は代替行為によって処理されてきた。

 日本がまだ1ドル360円の固定相場制だった1972年以前、航空会社らがスポンサーとなり、世界紀行番組が流行した。庶民が新婚旅行でさえおいそれと海外へ行けない中、こうしたテレビ番組でその憧れと共に、欲望を昇華していたと言える。もっと稼いで、いつかは行ってやる、というわけである。

 さらに昔、戦争が終わって間もない1948年、「憧れのハワイ航路」という歌が大ヒットした。当時の航路とは、飛行機ではない。船旅の話である。敗戦から立ちあがりつつあった当時の人々は、ラジオから流れるこの歌に憧れを乗せて、見たこともないハワイの風景を夢見た。間違いなくそこにはあるが、行けるわけではない。それは当たり前のことであり、自分にできないことに憧れるのは、決して卑しいことではない。

情報は踊る

 さとり世代には、本当に欲がなかったのだろうかと思う。誰でも生存本能がある限り、もっといい生活水準でありたいと願うのは当然だろうし、その世代だけが特に上昇志向が低いとは思えない。

 むしろ今の若年層まで含めたさとり世代以降は、経済的に死に行くこの国の行く末と自分のポジションを計算し、すぐ死なないよう殺されないよう、生活を最適化してきた世代なのではないだろうか。雇用機会や賃金の伸びしろは今後もあまりないというところから逆算して、今の賃金の中で将来を思い描き、「当たり前」な状態を維持するため、情報をフル活用することでお金を使わずに暮らしていく。

 ただし、かっこ悪いのはダメだ。「高見え」といったキーワードを基準に、一世代前の人たちが敬遠したユニクロやH&Mの服を上手に着こなす。かっこよくてもユニクロとバレた時点でアウトなゆとり世代とは、明らかに価値観が違う。いわば、貧しいことを「さとらせない世代」ではないのか。

 おそらく「かっこ悪い」の定義すら、違ってきている。例えば筆者は畑を借りて野菜はほぼ自給自足、お金は畑の地代として毎月2000円しかかかっていない。昔なら長靴に麦わら帽子、首にタオルを巻いての畑仕事など、かっこ悪かったはずだ。だが今の若者の価値観に照らせば、「自作」=「買わない」=「かっこいい」に見えるかもしれない。

 Afterさとり世代は、物欲処理のエキスパートとも言える世代でもある。そしてその世代が爆買い・散財オジサンYouTuberの動画で、物欲のストレスを発散する。見るだけならお金もかからず、買った人の幸せを搾取できる。

 踊らされているのは、そうしたYouTuberのほうなのかもしれない。

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