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“動画=ネット”時代のテレビはこうなる 「次世代地デジ」が実現する通信とコンテンツの融合とは(4/6 ページ)

» 2022年08月29日 08時00分 公開
[神部恭久ITmedia]

放送と通信、連携の鍵は「同期」

 先に答えを言うと今のデジタル放送システムでは、通信と完璧な「同期」ができないのだ。現在のデジタル放送と通信では数秒はズレることを覚悟しなければならないので、番組を作る側からすれば「遅延しても大丈夫な演出」を考えざるを得ない。例えば、アンケートのように「そもそも集計に時間がかかるので、数秒の遅れは気にならないもの」だ。

 もし、全く遅延しないのであれば、演出の幅がぐっと広がる。分かりやすい例をあげると、スポーツ中継で別アングルの映像を通信で送っても、なんら違和感なく切り替えながら試聴してもらうことができる。

 放送と通信が完全に同期したら、どのような演出が可能になるのか。NHK放送技術研究所(技研)では、毎年5月末に研究開発の最先端を公開するオープンラボラトリーを行なっている。今年の展示に完全な同期を前提にしたデモコンテンツがあった。

「自由視点ARストリーミング技術」が描く未来

 自由視点ARとは立体データを空間上の決められた場所に配置し、視聴者は自由な場所からこのデータを見ることができるというものだ。

「技研公開2022」より(筆者撮影)

 展示では、タブレットを渡され、床に半径2mほどの円が描かれた空間へと進む。円の中でも角度90度の扇状のエリアがグリーンに色分けされ、そこで体験することが推奨される。エリア奥の壁際に設置されたモニターで「放送」を、タブレットで「放送に連動したARコンテンツ」を見る。

 内容はNHKスペシャルで放送された人気番組「恐竜超世界」をモチーフにしている。まずTVモニターに番組ナビゲーターとして女優の岡田結実さんが登場し、恐竜の世界へと誘う。やがてモニターから岡田さんの姿が消えると、自分の隣に3Dモデルの岡田さんが現れる。放送からARへとナビゲーターがワープしたのだ。等身大の岡田さんが真横から話しかけてくるとドキッとする迫力がある。表情もよく分かるし髪の毛が揺れる様子も感じ取れる。精細度が存在感につながっている。

 さらに背景に目をやると、自分と岡田さんがいるのは、映画「ジュラシックパーク」のカプセルをほうふつとさせるVR空間だ。番組のシーンの変化に合わせて、カプセルで海や空に移動することができる。テーマパークのアトラクションに乗って冒険に出掛ける気分が味わえる。

「技研公開2022」より(筆者撮影)

 このデモコンテンツでは、モニターに再生される映像とARが完璧に同期している。例えば、モニターの岡田結実さんが消えていく動きと、タブレットに現れる動きはぴったり一致している。また、タブレットにワープした岡田さんが言葉を発するタイミングは、TVモニターから聞こえる番組のナレーションを邪魔しないように計算されている。こうした精密な作り込みは、放送と通信の同期が確実でないとできないものだ。

 ここで使われている、放送と通信を同期させるための技術が「MMT」だ。

 技研の解説によれば、「MMT(MPEG Media Transport)」とは「映像、音声、データなどを、衛星放送、地上放送、インターネットなど、さまざまな伝送路で送ることができる新しい伝送方式だ。IPベースの信号となっているのが今の地上デジタル放送との大きな違いで、IPベースの映像や音声に加えてタイムスタンプというデータも送信できるという。

 このタイムスタンプを使うことで、放送と配信を同期することが可能になる。

すでに4K8K衛星放送に採用され、次世代の地上放送への適用も検討されている

 「MMT」による同期に加えて、技研では、大量のデジタルデータを効率よくストリーミング配信するため「オブジェクトベース伝送技術」を研究開発している。ARコンテンツはデータ量が多いので、あらかじめ端末にデータをダウンロードする場合が多い。しかし「自由視点ARストリーミング技術」では、リポーターのAR映像、VRの背景映像、さらには恐竜やアンモナイトのAR映像まで、登場するオブジェクトの全てをリアルタイムで配信している。

 オブジェクトベース伝送技術は画面に映るオブジェクトだけを選別し、端末でリアルタイムレンダリングする技術だ。効率的にデータを選別することで伝送するデータ量を削減できる。

 オブジェクトベース伝送技術でデータを送り、MMTで放送と同期させれば、これまでは不可能だった「通信との連携による新たなサービス」が生まれる可能性がある。

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