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アリババ「独身の日セール」、初の「GMV非公表」の理由 〜海外メディアは「数字ないと報道できない」と困惑浦上早苗の中国式ニューエコノミー(5/5 ページ)

» 2022年11月11日 07時00分 公開
[浦上早苗ITmedia]
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「驚き」から「定番」へ、セールのニューノーマル

 21年の独身の日セールはアリババ、中国メディアの双方がこれまでと態度を一変させた。アリババは華々しいイベントを控え、「低炭素のダブルイレブン」「公共のダブルイレブン」というスローガンを前面に打ち出し、省エネ商品を充実させたりマーケットプレイスにシニア向け機能を追加した。

 例年なら11月11日に日付が変わった途端、アリババだけでなく他のECプラットフォーマーも「1分で売り上げが◯◯億元突破!」「午後◯時に前年のGMVを超えた」と実況中継を始めるのだが、アリババは11日の夕方になっても沈黙を続けていた。

 結局12日未明、アリババ傘下の最大ECモールである天猫(Tmall)から期間中のGMVが5403億元(約11兆円)だったとリリースが出た。

 後日聞いたところによると、数字を出すかどうかはアリババ幹部の間でもぎりぎりまで議論が続けられたが、「数字が出ないと報道できない」という海外メディアに押し切られる形で、決着がついたという。

 情報発信が混乱した昨年の反省からか、アリババグループは今年のイベントについて、早い段階で「数字を出しません」とメディアに説明している。昨年に続き、現地でのカウントダウンイベントもない。

 アリババの関係者らは「数字が出ないなら紹介は難しいと考えるメディアもあり、日本での今年の報道は半分に減るかもしれない」と話す。

 ただ、「セールが盛り上がっていないのか」というと決してそんなことはない。消費者は、プラットフォーマーがGMVを発表しなくなったから買い控えるなんてことはないし、中国ではアリババ以外に無数のEC事業者や小売り業者が同期間にセールを行っている。

 アリババの数字は「象徴」ではあったが、全体を示しているわけではない。越境ECに熱心な日本企業は独身の日セールを活用してさまざまな取り組みを行っているし、日本のコスメは相変わらずバカ売れしている。

 09年以降のセールをウォッチしていれば、中国の小売業界の勢いだけでなく、課題とテクノロジーの進化、そして消費者の変化といった「大きな潮流」もつかめる。

 ECの普及のために始まった独身の日セールは、ECが国民の生活に完全に定着したことで、お祭り騒ぎから「定番セール」へと移行していくのだろう。数字の大きさだけをニュースと捉えていた海外メディアは、セールへの関心を完全に失うかもしれない。

 ただ、数字は関心を引くための装置であって、中国の小売市場の動きをぎゅっと凝縮した「ショールーム」「実験の場」であることが、海外から中国経済を眺めるウォッチャーにとって、独身の日セールのより大きな価値であるのだとも思う。

筆者:浦上 早苗

早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社を経て、中国・大連に国費博士留学および少数民族向けの大学で講師。2016年夏以降東京で、執筆、翻訳、教育などを行う。法政大学MBA兼任講師(コミュニケーション・マネジメント)。帰国して日本語教師と通訳案内士の資格も取得。
最新刊は、「新型コロナ VS 中国14億人」(小学館新書)。twitter:sanadi37

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