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「人間の脳はフィクションを求める」 発想力が足りないから世界に負ける――“SF思考”が日本再興の鍵に?SFプロトタイピングを語る(2/2 ページ)

» 2022年12月27日 08時00分 公開
[大橋博之ITmedia]
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「人間の脳はフィクションを求める」 想像性が新しい風を呼び込む

 SFプロトタイピングやフィクションが持つ力について樋口さんは「人間が認識を変えることで、企業の理念や構造、組織の在り方が変わっていく」と語ります。ここで樋口さんはユヴァル・ノア・ハラリ教授の著書「サピエンス全史」(河出書房新社)を取り上げました。

 「ハラリ教授は本の中で、人間はフィクションを経由しないと現実を捉えられないと述べています。当たり前だと思っているモノはフィクションから始まっています。昔の人が『神』を作ったように、私たちも想像力を使って新たなフィクションを作り、そのフィクションによって現実のモノを作り出せる。それがSFプロトタイピングの根幹です」(樋口さん)

 大きな話ではなく、身近な人生で例えましょう。人生を自分でドライブしていくとき、自身が思い描いているグランドデザインのようなものがあり、それを他者に握らせたくないと考えている人は一定数います。それでも自分の生活に他者が入って来たとき、何を感じてどう折り合いを付けるのか、現実に起きてから考えるのではなく、一歩前の準備としてフィクションを書き、シミュレーションすることで来るべき他者との共生の準備になるというのです。これは社会も文明も企業も同じです。

 樋口さんは「人間とフィクションは切っても切れない関係で、人間の脳はフィクションを求めるようになっている」といいます。それによって人類は文明を創ってきたのです。これからも「フィクションを作る」ということを肯定的に受け止め、その力を応用していかないと文明は良い方向に進まないと続けます。

 「人間はフィクションを作るものだし、フィクションによって現実の外を考えるものです。それなのに、そこが抑圧され、与えられた役割の枠組みから動けなくなってしまっている。それが社会的にも企業組織にも良いことだとされてしまう。でもそのままではいけないんです」(樋口さん)

SFプロトタイピングの講演をする樋口恭介さん 講演する樋口さん

 では、どうすれば良いのか。一つの方法は、全く新しいアプローチを試してみることです。それこそがSFプロトタイピングであり、SFプロトタイピングとは人間の想像性を積極的に応用し、硬直しつつある企業組織に新しい風を呼び込める可能性のあるツールなのだと樋口さんは力を込めて訴えました。

 講演会ではこの後、SFプロトタイピングの方法やSFを書く意義などが話題になりました。樋口さんは最後にこう締めくくりました。

 「SFプロトタイピングは、ビジネスに役に立つという捉え方をされていますが、本質は『フィクションは面白い』ということにあります。いまやっていることが退屈だと思えば、一度フィクションを経由することを意識してやってみて欲しいです」(樋口さん)

SF思考を「日々の生活や業務に生かしたい」 聴講者の感想

講演会終了後、参加された方にお話を伺いました。

SFプロトタイピングの講演をする樋口恭介さん ビジネス講演会の様子

男性研究者 私は研究者をしています。研究者は哲学や夢を自由に語れると思っていたのですが、SFプロトタイピングのほうが夢を語れていると羨望(せんぼう)のまなざしで聞いていました。

バイオ関係のPR担当男性 バイオテクノロジーの世界はフィクションとの親和性が強いと思っています。SFではバイオテクノロジーがよく登場しますし、バイオそのものにフィクションの要素があります。今日聞いたSF思考を、私の日々の業務にも生かしたいと思います。

子どもがいる女性 私はあまりSFに詳しくないのですが「人間はフィクションを想像してしまうものである」とおっしゃっていたのが、とても本質的だと思いました。今日のお話をどう自分の生活に落とし込められるかを考えながら聞いていました。いま、世界で起きているさまざまな不安や、子どもを持つ母としての不安なことなどを、長いスパンで見ることで子どもに対する導き方も違ってくるのかなと感じました。

女性 SFプロトタイピングは全く知りませんでした。たまたま図書館で告知チラシを見て参加を決めました。話についていけるか不安はありましたが、冒頭でイーロン・マスクの話があり、誰もが分かる内容で導入部分が作られていたので、そこから一気に引き込まれました。来て良かったと思います。

「日本が世界に負けているのは発想力が足りないから」

 最後に、今回のビジネス講演会を企画した葛飾区立中央図書館の森斉丈さんに、企画意図などを伺いました。

SFプロトタイピングの講演をする樋口恭介さん 葛飾区立中央図書館のスタッフの皆さん

大橋 とても興味深い講演会でした。企画された意図を教えてください。

photo 企画した森斉丈さん

森さん(以下、敬称略) 背景として、葛飾区立中央図書館は開館して13年目になります。開館時からビジネス支援サービスを実施しており、その一環としてビジネス相談会や年に4〜5回のビジネスセミナー、年に1回講師をお招きするビジネス講演会などを開催しています。過去の講演会では、独学勉強法やパラレルキャリアを題材にしました。

大橋 ビジネス支援の講演会の中で、SFプロトタイピングがテーマになったのはなぜでしょうか。

 振り返ってみると、樋口さんの著書「未来は予測するものではなく創造するものである」が刊行される少し前から、SF思考がネットで話題になっているのを知っていました。

大橋 SFプロトタイピングやSF思考に興味があったのですね。

 実はSFが好きで、大学でもSF研究会に所属していました。

大橋 なるほど。

 ビジネス相談会を行っていると、起業したいという人たちが訪れます。すると中小企業診断士の先生は「ストーリーが大事ですよ」と熱弁されます。思いを紙に書くといったことをするのですが、それがSF思考に似ていると思いました。

 日本が世界に負けているのは、発想法や発想力が足りないからじゃないかと私は思っていて、発想力を得るにはSF思考が役に立つと考えました。それで樋口さんにお願いすることにしました。

大橋 樋口さんを決めたのはどうしてなのですか。

 ITコンサルタントとしてビジネスに関わっているからです。ITコンサルタントでSF作家というのは、図書館にはフィットすると思いました。

大橋 それでは、実際に樋口さんの講演を聞かれて、どう思われましたか?

 物事をフィクションで考えるというのは面白いと思いました。それに、つまらない世の中にはフィクションが大切だという話には説得力があると感じました。

 多くの人は、現実はつまらないと思っていて、何とかしなければいけないと考えていると思います。そこにフィクションは大事だと思いました。

大橋 参加された何人かにお話を伺いました。全体的には、どのような方が聴講されたのですか。

 聴講者は50人ほどです。若い方が多かったですね。過去のビジネス講演会ではご年配の方が多かったのですが、SFプロトタイピングは若い人の関心が高いテーマだと分かりました。それに普段は葛飾の方が多いのですが、今回は川崎市や練馬区などから参加した方もいました。

大橋 大盛況でしたね。本日はありがとうございました。


 葛飾区立中央図書館は、森さんというSF好きな人がいたことでSFプロトタイピングをテーマにビジネス講演会の開催に至りました。お話を伺うと、森さんの「日本が世界に負けているのは発想力が足りないから。発想力を得るにはSF思考が役に立つ」という言葉が印象的です。今後、さまざまなところでSFプロトタイピングをテーマにビジネス講演会が開催されてもいいかもしれません。

 ちなみに、葛飾区立中央図書館は小説家・栗本薫(中島梓)さんの自筆原稿などを収めた「栗本薫・中島梓コレクション」を所蔵しています。栗本薫さんが葛飾区出身ということで、代表作「グイン・サーガ」「魔界水滸伝」「伊集院大介」シリーズなど約2万5000枚の自筆原稿を中心にしたコレクションです。寄贈されたもので、一部はデジタルライブラリーで閲覧可能です。

 SFプロトタイピングに興味がある、取り組んでみたい、もしくは取り組んでいるという方がいらっしゃいましたら、ITmedia NEWS編集部までご連絡ください。この連載で紹介させていただくかもしれません。

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