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LIXILがSF小説を公開 「今の未来予想を白紙にしたその先を見たい」 イノベーションに挑む事業部を追うLIXIL×SFプロトタイピング【前編】(2/2 ページ)

» 2023年02月15日 13時00分 公開
[大橋博之ITmedia]
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現在の延長ではなく、いまある未来予想を白紙にして出てくるもの

大橋 プロットが上がり、その後は実際にどう取り組んでいったのでしょうか?

浅野 プロットを読んで、感じたことや目指したい未来についてのディスカッションを進めました。参加メンバーは私の部署から3人、羽賀さんの部署で新規事業に携わっているメンバーから7人。そこに広報メンバー4人を加えた計14人で、森さんにファシリテーションしてもらいながら、1回1時間半のワークショップを2回実施しました。

photo ワークショップの様子

大橋 1回が1時間半というのはかなりコンパクトですね。

 ワークショップはコンパクトにすることにしました。それはインサイト(洞察)を引き出すことに注力したからです。誰かがたくさん喋り、誰かがあまり喋れないという状況を避ける狙いもありました。

大橋 ワークショップでは具体的にどのようなことをされたのですか?

 最初に自由活発に意見を出してもらい、キーワードを絞り込みました。そして、そこから見い出した未来が、皆さんが考える将来像とつながっていながらも、単なる延長線上ではないことを確認する、という作業を行いました。

大橋 どのような方が参加されたのですか?

羽賀 LIXILのコミュニケーション部門や社内の若手メンバーたちです。

浅野 若い人たちの未来ですからね。

大橋 ヒアリングを基にディスカッション用のプロットを2作品制作。それを読んで臨んだワークショップでディスカッションを行い、最終的にSF小説を制作するという流れということですね。

 そうです。皆さんの見たい世界、目指している世界を拡張するためのツールとしてSF小説のプロットを使うことにしました。どのような流れを取るかはケースバイケースです。今回はその方が良いだろうと判断しました。

大橋 プロットで描いた「未来の暮らし」は、何年ごろを想定したのですか?

浅野 10年先、20年先なら私たちでも想像はできます。言い換えると、精いっぱい背伸びをしたフォーキャスティングとしての未来予想レベルならできてしまいます。

 そこで少し振り切った50年先、100年先といった未来を設定しました。そうなると自分たちの想像力では描くのが難しくなります。それに数十年先ならまだまだ私たち世代が現役なので、若い人たちに将来をゆずる意味でも遠い未来のほうが好都合でした。

 こうした未来を考えるに当たり、SFという形にすることで固定概念を外すことができます。私たちはついつい、いまの生活空間の中にLIXILの製品をイメージしがちです。そこで未来に暮らす人の考えや行動をSFという文脈に落とし込むことで、何を考えるべきかといった気付きを得られました。

photo

羽賀 未来を現在の延長で考えるのではなく、いまある未来予想を白紙にしたとき何が出てくるかに興味がありました。単にアイデアを自由に出すだけでは面白くはありません。それではただ発散するだけです。

 私たちが普段考えていることや「こうなったらいいな」ということを織り交ぜつつ方向性を定めて、成果物としてSF小説を作ることで、普段なら考えつかないところまで飛べました。いまはビジョンステートメントと、そこから出てくるSF小説を楽しみにしています。

(※注:取材時には、最終成果物であるSF小説は未完成の段階でした。現在はこちらで閲覧できます)

SF小説のプロットは「しがみつけるギリギリ」 ショックを受けた内容とは

大橋 いまは最終成果物であるSF小説の完成を待っている状況ですよね。ではSF小説のプロットを読んだときの感想を教えてください。

羽賀 思った以上に思考を飛ばしてきたなと思いました(笑)

浅野 私たちがしがみつけるギリギリを狙ってきましたね(笑)

羽賀 その中に「おおっ!」というとても良いエッセンスがあって、そこを最終成果物では拡張してもらうことにしました。

浅野 未来では人々がどう暮らし、どのようなことを考えているのか、そういった部分に思いをはせられる内容で、SFの力を実感しました。今の延長線上から外れた場所で未来を想像することが、私たちにできていなかったと気付けました。

 もう一つ大きな気付きは、これから企業が存在し続けるためには、社会課題にどう向き合うかが重要だということでした。企業活動をしていると目先の利益を考えがちです。それらを振り切って考えることで、社会課題の解決と企業活動が一体化することの価値を考えさせられたことが、私にとって最もショックでした。違う切り口で考えられることがSFの力だと強く思いました。

大橋 SF小説のプロットは非公開とのことなので、可能な範囲でショックに感じたことを具体的に教えていただけないでしょうか?

浅野 住宅が自然と一体化していて、人間の生命とは違うものの、生き物のようなサイクルを持っていて呼吸をする世界観。家は人間が自然を破壊して作るのではなく、生命活動の一環として生み出すといった内容でした。

 現在の私たちは自然の材料を加工して人間に都合の良い形にします。プロットでは、それとは違う方法を提示しており、人間が少し窮屈さを感じるかもしれないけれど、自然との共生に喜びが生まれる。そうした発想に感銘を受けると同時にショックを受けました。

羽賀 私たちが作っているのは工業製品です。工業製品は地球上にある物質を取り出して加工し、最終的に廃棄されるものが多々あります。これは自然の中にある持続可能なサイクルとは異なるものだと思います。それを乗り越えた脱工業的なモノ作り、つまり本当の意味で自然と一体化した製品を作り出すという考え方は、一つのビジョンとして良いと思いました。

 羽賀さんと浅野さんにヒアリングをしたとき、ただ住宅関係の製品を作っている会社ではないと強く感じました。そのため人々の暮らしをどう描くのか、生活にどのようなイノベーションが起きるかに注力し、作家と作品の選定を行いました。

大橋 ヒアリングをしてからSF小説を書く作家を選定したのですね。

 そうです。SF作家の人間六度さんと柞刈湯葉さんにご依頼しました。お二人に対しては、ヒアリングした内容からLIXILさんが見ている世界はこういう姿で、この世界をどの方向でもいいからまずは拡張して欲しいとお願いしました。また、ユートピア的な未来だけを描いてしまうと思考が固まるため、あえてディストピアの未来を描いてもらうことにしました。ギャップを持たせることで思考の幅を広げることに挑戦しています。

photo

混乱の中から「何か」が生まれる ディスカッションで未来の解像度が上がった

大橋 プロットを読んだ後にディスカッションを行ったとのことですが、SFプロトタイピングの目的は、SF小説を完成させることではなく、SF小説を基に議論することですよね。メンバーの議論や意見を聞いてどのような感想を持たれましたか?

 面白かったのは「私はこれには共感しない」という人もいたことです。そういう意見が消えずに出て来る。自由に言い合えるのはLIXILさんの企業文化のたまものだと思いました。

羽賀 普段考える思考と方向性が違うので、メンバーは戸惑った部分もあると思います。そもそもSFプロトタイピングに対する期待の一つは、いつもと違う視点や考え方に取り組むことでした。これまでの延長線ではないことをやるためには、新しい視点や考え方が必要だと社内に根付かせてしていかなければいけません。その取っ掛かりになると思いました。

 戸惑いやちょっとしたコンフリクト(衝突)があったり、逆に気付きがあったりして、混乱する中から「何か」がぽっと生まれる。そんなことへの期待もありました。

浅野 森さんが話していたように、メンバーは自由に言いたいことを発言していました。思ったことを自分の言葉に変換して発言してくれるので、最終成果物であるSF小説の解像度が上がったと思います。またワークショップをしたことで、世界観の解像度が圧倒的に増しました。

 家が生きているとか生きている家で暮らすとか、例え新規事業に携わっていてもなかなか出て来ない考え方だと思います。そこでSFを使うことで、視座を高めたり視点を変えたりできる。もちろん簡単ではありませんが、新規事業を担当している人ばかりだったからか、ディスカッションを重ねることで解像度は高まりました。

大橋 確かに、下地がある方々だから意欲的だし先進的な考え方を持っている。だからこそイメージを膨らませることができたということですね。

 SFプロトタイピングの取り組みを踏まえて、その成果を特設サイトで公開する予定です(※注:2023年2月15日に公開)。ビジョンステートメントとしてLIXILさんが何を目指しているのかを発表し、そこにつながったSF小説を掲載します。もちろん、LIXILさんは普段から将来展望を示されていますが、物語として目指す世界観を拡張して伝えることにチャレンジしています。

photo 2023年2月15日にLIXILさんが開設した特設サイト。ビジョンステートメントや、SF作家の人間六度さんと柞刈湯葉さんが執筆した小説を2作品公開しています。

 前編では、LIXILさんが実施したSFプロトタイピングの内容と取り組みの具体的な中身にフォーカスしました。後編ではSFプロトタイピンクの意義に焦点を当ててお話をお伺いしています。

 SFプロトタイピングに興味がある、取り組んでみたい、もしくは取り組んでいるという方がいらっしゃいましたら、ITmedia NEWS編集部までご連絡ください。この連載で紹介させていただくかもしれません。

【後編】想像力という武器を手軽に使える――LIXILが挑んだ「SFプロトタイピング」 企業にとっての意義とは?

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 後編では企業がSFプロトタイピングに取り組む意義や、その価値をお伺いしました。企業としての中長期計画ではなく、あえてSFで未来を描く意味はどこにあるのでしょうか。


連載:「SFプロトタイピング」で“未来のイノベーション”を起こせ!

SF《サイエンスフィクション》をビジネスに活用する「SFプロトタイピング」。現実を取り払って“未来のイノベーション”を生み出す可能性を秘めた取り組みの最前線を追う。

「SFプロトタイピング」で“未来のイノベーション”を起こせ!
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