こんにちは。SFプロトタイパーの大橋博之です。
この連載では、僕が取り組んでいる「SFプロトタイピング」について語って行きます。SFプロトタイピングとは、SF的な思考で未来を考え、SF作品を創作するなどして企業のビジネスに活用するメソッドです。
今回は、SFプロトタイピングで自社の2030年のビジョンを描いた、SaaSベンチャー企業のカミナシ(千代田区)の事例を紹介します。カミナシの諸岡裕人さん(代表取締役CEO)に、ゲストとしてコスプレイヤーの秋の「」さん(読み:あきの)を交えてお話を伺いました。
製造業やサービス業など非オフィス業務がメインのノンデスクワーカー向けに、DXを支援するSaaSタイプの現場DXプラットフォーム「カミナシ」を提供している。ノンデスクワーカーが才能を存分に発揮して挑戦できる世の中を目指している。
1984年生まれ。家業である航空会社のアウトソーシング事業を手掛けるワールドエンタプライズ(千葉県成田市)で、LCCのエアアジア・ジャパンやバニラ・エアの予約センターの立ち上げや、日本航空の機内食工場オープンなどに携わる。そこで感じた現場の課題を解決するため、2016年12月にカミナシを創業。
自らの手で架空のものを趣味で現実に作り上げるのに熱中するコスプレイヤー。JAXAの小惑星探査機「はやぶさ」のコスプレで注目を集めた。JAXAが主催するイベントなどに科学コミュニケーターとしてゲスト参加し、はやぶさのイメージアップに貢献した。
大橋 創業された背景を教えてください。
諸岡さん(以下、敬称略) 私たちは製造業などノンデスクワーカーの業務を効率化する現場DXプラットフォーム「カミナシ」を提供しています。
私の父は実業家で、現場作業がメインの業務を営んでいます。私が家業に加わることになった際、現場を見て、とてもアナログな働き方をしていると気付きました。使っている道具が電話と紙。これだけITが普及している時代に、どうして旧式な仕事の仕方を続けているのかと疑問を感じました。デジタルの力で現場の働き方を変えなければいけないと考えたことからカミナシを創業しました。
大橋 具体的にはどのような事業を行っているのですか?
諸岡 紙の書類やチェックリスト、マニュアルなどをタブレットやスマートフォンで行うというサービスを展開しています。現在、約5000カ所以上の現場で導入していただいています。
大橋 ありがとうございます。では、秋の「」さんがコスプレイヤーに目覚めたのはいつくらいからなのですか?
秋の「」さん(以下、敬称略) 中学生くらいからです。「この服とこの服を組み合わせたら、このシーンの、このキャラクターになるぞ」と思ったことがきっかけです。そこからコスプレ同人イベントに行くようになりました。
大橋 小惑星探査機「はやぶさ」のコスプレで注目を集めましたね。
秋の「」 科学関係や工学関係がすごく好きなんです。インターネットにいろいろなファンアートがあったのですが、そのなかに「美少女擬人化」というジャンルがあり、そこにあった、宇宙機ファンの「あしべ精肉店」さんが描いたはやぶさの擬人化イラストに感銘を受けてコスプレしました。
大橋 はやぶさが帰還する2010年2月ごろですよね。さまざまなイベントに引っ張りだこになりましたよね。
秋の「」 「はやぶさが話題になったけれど、目には見えないものだから説明する人が欲しい、科学技術の話だけだと難しい」。そこに「はやぶさのコスプレをした面白い奴がいるぞ」となって声を掛けていただきました。
大橋 単にはやぶさの擬人化イラストをコスプレしただけでなく、科学関係や工学関係が好きだったからこそのこだわりがあった。はやぶさのエンジントラブルも再現していてすごいとSFファンの間では話題になりました。今回は10年ぶりにはやぶさのコスプレをしてもらって感激しています(笑)
大橋 諸岡さんとSFプロトタイピングとの出会いを教えてください。
諸岡 グロービス・キャピタル・パートナーズ(GCP)のキャピタリストである野本遼平さんと面識があり、野本さんから「小説家の小野美由紀さんとで起業家向けのSFプロトタイピングのワークショップをやるから来ないか」と誘われ、面白そうだなと思って参加することにしました。
実は、そのころ、カミナシのビジョンを作る必要性を感じていました。ところが、よくある企業のビジョンは、Webサイトに真面目な言葉で書いてあるのが一般的。しかし、私自身がそれらを読んでも心を動かされることはなかったため、どうしたら心が動くような伝え方ができるだろうかと思っていました。
カミナシは余白や遊びを大事にする企業文化です。小説の形でビジョンを描けないかと考えていたのですが、それを私が書くのは不可能です。SFプロトタイピングのワークショップの誘いを受けたのは、まさに悩んでいたタイミングだったんです。
ワークショップで「ショートショート(短編よりも短い小説)を書く」というプログラムになり、書いてみると意外と自分でも書けそうだった。それで、2030年の未来を想像して小説を書き始めました。
大橋 なぜ、ビジョンが小説だったのですか?
諸岡 理由は2つあります。1つは私は喋ることよりも書くことが好きだったからです。以前、カミナシの設立から苦労して来たことを物語として書いて「note」で発表したところ、「感動した」「共感した」と反響をいただき、会社自体を知っていただくきっかけになりました。それまで採用に苦労していたのですが、読んだ人が「入社したい」と言ってくれて。いま、社員は70人ほどですが、9割が物語を読んで入社してくれた人たちです。「物語で人は動かせる」と感じました。
もう1つは、小説の中であれば文脈や背景、登場人物の感情なども伝えることが出来るからです。そうすれば、「野口さんのようなお客さん」と言った時に、社員全員が同じイメージを共有できるなと思いました。登場人物を共通言語のように使いながら、未来を共有するってすごく分かりやすいなと思ったんですよね。その2つから、未来という超不確実性が高いものを語るとき、小説なら伝わると思いました。
秋の「」 私も中学生のころ、コスプレの仲間を登場させたファンタジー小説を書いたことがあります。すると登場した仲間が面白がってくれて。自分や自分が知っている人が出てくる。すると頭にビジョンが思い浮かんでくる。メカや機械が好きな私からすると「物語は強い」ということは少し悔しいのですが(笑)、とても理解できます。
それに、私がはやぶさになって、イベントで「地球に早く帰りたいな〜」と言うと、とても伝わるんです。それは擬人化した架空なんだけど、はやぶさの物語の強さだと感じました。
諸岡 私が参加したワークショップは、秋の「」さんがおっしゃったように、架空の世界だけど、現実味のある設定をしっかりと組み立てるプログラムでした。全くでたらめな未来ではなく、政治や社会がどうなっているか、実際に起こり得ることを予測して想像しました。特にワークショップで面白かったのは、2050年の投資家に社長としてプレゼンすることでした。
大橋 SFで未来を想像する、発想を2030年に飛ばすことはできましたか?
諸岡 難しかったですが、1時間30分のワークショップで「発想できる頭」を作ることはできたと思います。でも、誰も見たこともない未来を語るのは、けっこう恥ずかしいんですよね(笑)
秋の「」 外れるかもしれないし(笑)
大橋 SF者にすれば普通のことなんですけどね(笑)
諸岡 SFだから何でもアリなんだとルールを作ってあげると、みんなストッパーが取れて、とんでもないことでも話始めます。「土地じゃなくて、空地(そらち)ができます」とか、何それ? みたいな(笑)
秋の「」 領空権的なものですね(笑)
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