こんにちは。SFプロトタイパーの大橋博之です。
この連載では、僕が取り組んでいる「SFプロトタイピング」について語っていきます。SFプロトタイピングとは、SF的な思考で未来を考え、SF作品を創作するなどして企業のビジネスに活用するメソッドです。
今回はSFプロトタイピングの実践事例として、住宅設備機器や建材を手掛けるLIXILの取り組みを2回に分けて紹介します。
同社では2022年にイノベーションプロジェクト「未来共創計画」でSFプロトタイピングに取り組み、2023年2月15日に特設サイトを開設しました。完成したSF小説を公開するとともに、それを基にしたアイデアコンテスト「FUTURE LIFE CREATIVE AWARD」を実施中です。
後編では、SFプロトタイピングそのものについて焦点を当てていきます。
お話をお伺いしたのは、LIXILの取り組みを主導した羽賀豊さん(LIXIL Housing Technology ビジネスインキュベーションセンター センター長)と浅野靖司さん(LIXIL Water Technology Japan 事業企画部 部長/新規事業プロジェクト リーダー )、そしてSFプロトタイピングをサポートしたコンサルティング会社アノン(港区)の森竜太郎さん(代表取締役)です。
※取材は、SF小説の完成前かつ特設サイト公開前に実施しました。取材後、記事の内容を一部アップデートして掲載しています。
前編ではLIXILが実施したSFプロトタイピングについて、具体的な中身にフォーカスしています。制作したSF小説のプロット内容を紹介しながら、取り組みの全体像や参加者の感想をお伺いしました。
※以下、敬称略。
大橋 前編ではSFプロトタイピングの取り組みやSF小説の内容を教えていただきました。ここからは、SFプロトタイピング自体を深掘りしています。
そもそも企業は自社のビジョンや中長期計画を策定しています。SFプロトタイピングではそれとは異なる未来像を描くため、企業の指針と違う内容を描いた成果物をオフィシャルに外部公開していいのかと懸念する声もあります。LIXILさんは最終成果物のSF小説を公開していますが、それに対する反対などはなかったのですか?
浅野 SFプロトタイピングを経て生まれるSF小説は、LIXILが描く将来像と全く逆方向を向いているわけではありません。むしろ、LIXILのビジョンの先にある未来を少し先行して描き、そこへの思いを形にして見せる取り組みです。つまりLIXILのビジョンを否定するものではないし、むしろ肯定しながら未来を見ているといえます。
羽賀 LIXILはパーパス(存在意義)として「世界中の誰もが願う、豊かで快適な住まいの実現」を掲げています。SFプロトタイピングはこのパーパス実現のための取り組みです。豊かで快適な住まいは、人間だけが豊かになるのでは意味はありません。地球や自然にとっても豊かでなければならない。そのためには、製品を消費して廃棄するのではなく、循環させていくような、現在の生活スタイルとは違う発想や新しい考え方が必要です。
そこでこのプロジェクトのビジョンをSF小説とともに公開し、その世界観を拡張して考えるためにアイデアコンテスト「FUTURE LIFE CREATIVE AWARD」(2月15日〜3月14日)を開催します。私たちだけで快適な住まいを目指すのではなく、いろいろな人のアイデアや意見を広く集め、私たち自身の発想や思考も広げていきたいです。それがLIXILのパーパスを実現し、拡張することにつながります。
森 例えば、アメリカはソビエト連邦との冷戦の最中、ジョン・F・ケネディ大統領が月面に人類を送り込む「アポロ計画」を打ち出しました。いまでは高みを目指す「ムーンショット」という言葉の由来になっています。アメリカという国家としての堅実なビジョンと、それより高い目標を表明することは矛盾していません。
森 コンテストの話が出たので、それにも触れておきます。まずはLIXILさんが目指す世界観を、SF小説として物語も添えて外部に発信します。そこに共感してくれる人とか、もっと斜め上を行く人たちのアイデアや意見をコンテストの形式で抽出して、今後に生かす予定です。
描いたSF小説をLIXILさんの社内だけにとどめるのはもったいない。それはむしろイノベーションを阻害することになると思います。コンテストで集まったアイデアや意見からラピッドプロトタイピング(試作品を短期間で制作する手法)に落とし込めれば、このプロジェクトの成功につながると考えています。
大橋 描いたSF小説を社内で留めるのはイノベーションを阻害することになる、というのはうなずけます。今回のプロジェクトは、アイデアの発散から収束までをトータルで考えたものだったのですね。
浅野 そうです。SFプロトタイピングのスタート時点で、単純に未来を描くだけの取り組みではありませんでした。FUTURE LIFE CREATIVE AWARDの開催を見据えたもので、さまざまなアイデアを集めるために募集する作品の規定は自由度を高めています。
森 応募作品は小説に限らず、漫画でもイラストでも何でもいいことになっています。自由度を縛ってしまうと新しいものが出て来なくなってしまいます。
大橋 コンテストでは、応募作品の中からグランプリを選定するそうですが、どのような作品を求めていますか?
羽賀 私は審査員も務めるため、多くは言えませんが、自由な発想で考えてほしいと思います。
浅野 私も詳しいコメントはできませんが、私たちには思い付かないものだとありがたいですね。
羽賀 「こう来たか!」といったものを期待しています(笑)
浅野 そうですね、それこそがLIXIL社内だけでは生まれにくい、生活者との共創型プロジェクトだと思っています。
羽賀 どういう形になるかまだ構想中ですが、グランプリ作品の制作者とLIXILの新規事業チームが一緒になって発展させる、試作品の開発など何かしら形にしたいと考えています。
大橋 グランプリを決めて終わりではなく、実現も目指す。それはすごいですね。
※FUTURE LIFE CREATIVE AWARDの応募期間は2月15日〜3月14日まで。テーマは「LIXILと共創したい『誰も見たことのない「豊かな暮らし」』」で、応募はプロ・アマ問わず可能。審査員はSF作家の樋口恭介さんや、SFプロトタイピングに取り組む慶應義塾大学の大澤博隆さんらが担当します。最優秀賞を受賞すると、LIXILとの共創プログラムに参加可能です。
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