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想像力という武器を手軽に使える――LIXILが挑んだ「SFプロトタイピング」 企業にとっての意義とは?LIXIL×SFプロトタイピング【後編】(2/2 ページ)

» 2023年02月16日 07時30分 公開
[大橋博之ITmedia]
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SFプロトタイピングで思考を飛ばす難しさ 自分事のSFを作る意味

大橋 SFプロトタイピングの取り組みについていろいろとお伺いしてきました。改めて、効果をどうお考えでしょうか?

羽賀 実際の効果が出るのはこれからになります。最終成果物のSF小説が完成して、外部の皆さんから集まったアイデアを見て、そこからある種の気付きや意識の変革が起きる。新しいアイデアが発端になって化学反応が起きてはじめて、SFプロトタイピングの効果が測れることになるでしょう。

大橋 すぐに効果が出づらいという点には同意です。

羽賀 私たちとしては、会社のさまざまな制約から外れて思考を飛ばしたときに何ができるのか、未来像をどう描くのか、そういった点に注目しています。いろいろな時代の人々の要望や本当の意味での豊かさとは何だろうという哲学的な問いかけをしつつも、自分なりの答えを見つけられることを、SFプロトタイピングに期待しています。絶対にこれが正解とか間違いとかはないと思います。自分なりにどう紡ぎ出すかが大事だと考えます。

浅野 今回のSFプロトタイピングの取り組みが進む中で、そのような気付きを参加メンバーにもしてほしいと思います。少なくとも2回のワークショップに参加したメンバーたちは、SFプロトタイピングを活用することで新しい視点を持つことができる、固定観念を取り払う方法があるという気付きがあったと確信しています。

 また、いままで自分たちは新規事業の担当として大胆なアイデアを考えていたつもりだったのに、今回のSF小説に比べると大したレベルではなかったという気付きもあったでしょう。

 「井の中の蛙」体験は非常に重要だと思っています。SFプロトタイピングに触れることで、自身がいる場所の外を見なければならないという意識は高まるでしょう。次にその意識をどれだけ広げられるかが挑戦だと思います。

大橋 現実問題として、なかなか思考を飛ばせられないですよね。

 そうですね。SF小説を読み慣れていてもなかなかできません。やはり自分事のSFを読むことに価値があると思っています。今回は暮らしや家をテーマにしています。すると自分の暮らしに密着した未来、しかも大胆な未来に対して想像力を働かせることができる。単純にSFを読んで想像力を鍛えるのではなく、自分事としてSFを作ることに意味があります。

浅野 もちろんSFだけでなく、現実世界でも想像力が刺激されることはあります。イーロン・マスク氏が率いる米SpaceX社が、打ち上げたロケットを再着陸させて機体を再利用するというプランを最初に聞いたときは「本当かよ!」と思いました。しかしそれが実現し、この目で映像を見て理解できました。

 昔から漫画やアニメではあり得ない世界やガジェットを描いていましたが、当時は不可能だと思ったことが現実になっています。現実にはあり得ないと思うようなアイデアも、いまや実現できてしまうのだと驚きました。

 浅野さんの言う、漫画やアニメが描いた世界観やガジェットの現実化は、世界中のベンチャー企業が開発や社会実装を進めています。空想に技術が追い付いてきたのが現在です。過去にあったSFのアイデアは、すでに人々の知識になっているので、それを実現してもユニークとはいえないケースもあります。

 SFプロトタイピングに取り組む意義は、自分たちのユニークな未来やビジョンを描けるところにあります。そこをしっかりと描き、ディスカッションを通して内容を深め、最終的には実際の開発に活用することだってできます。

photo (写真=山本誠)

SFプロトタイピングは続けることが大切 継続すれば飛ばし方が分かる

大橋 LIXILさんは、今後もSFプロトタイピングに取り組むのでしょうか?

浅野 まさにいま取り組んでいる途中なので、まずは一通りやり切るのが先です。しかし継続的に続けることが会社にとって重要でしょう。その場合、2回目は1回目と違う飛ばし方があり、届く先も変わってくると思います。

大橋 何らかの形で継続的に取り組みたいということですね。その際には重厚長大なワークショップではなく、参加メンバーの簡単なディスカッションとSF的な発想で思考を飛ばせることが大事だと思います。いまは思考を飛ばすことが重要な局面でしょう。飛べないのではなく、地面に足を付け過ぎてしまって飛ばす訓練をしていない。訓練をしないと自由な発想にはならないということもあると思います。

 その通りです。連続的にやることではじめて飛ばし方が分かるのではないでしょうか。

 もう一つ大事なのは、SFプロトタイピングで描いた未来をどう現実にして行くかというバックキャスティングにつなげる訓練です。そういう部分も含めてSFプロトタイピングだという認識を持ってもらい、今後も取り組んでほしいと思います。

 100年後の未来を見る夢想家ではなく、いまある社会課題に対して役に立つということがあってこそ、企業や社会に寄与できると思います。

浅野 LIXILは、SFプロトタイピングに取り組むマインドがある企業です。日々の暮らしに直結した製品を作っている企業なので、製品ばかりに目が行きがちですが、社内のプロジェクトは未来を見られる内容になっていると思います。

大橋 先ほどの話のように、昔は漫画やアニメで未来を描いていました。企業が夢のある構想を語った時期もありますが、最近はあまり見かけません。企業として「夢を語っていいのか?」という恐れを抱いているようにも思います。LIXILさんのような企業が未来構想をどんどん打ち上げてもらえるとうれしいし、日本の未来は明るくなる気がします。

SFプロトタイピングは想像力という武器を手軽に使える

大橋 今後もSFプロトタイピングを続けるということですが、そもそも企業が取り組む意義をどうお考えですか?

羽賀 制限を外して未来を想像できるところだと思います。SFというだけで自由になれて、何でもありになれる。逆に何でもありなので、自分たちの核となる部分がはっきりしていないとめちゃくちゃになる可能性もあります。自由だけど本質に戻って来る。行ったり来たりのなかで新しい化学反応が出てきたり、自分たちなりの遠い未来のある種のビジョンを持てたりすることが意義だと考えています。

浅野 私も同感です。コロナ禍で当たり前が当たり前ではなくなった。一瞬でこんなにも変わるんだということをリアルに体験しました。なのに普段のモノ作りでは、数年後も社会が変わらない前提でいる現状があります。改めて健全な危機感を持つ必要があると思いました。SFプロトタイピングに取り組むことで、当たり前を見直すことができると感じました。

羽賀 ただ、やはり現実として企業が当たり前を変えるのは難しいところはあると思います。それをSFというフレームを設定することで、未来に思いをはせられる。SFプロトタイピングは、そういう媒体になり得ると感じました。SFプロトタイピングだからこそできるものはあると感じています。

 ちょっとマクロ的な話になりますが、これからネーションステート(国民国家)の存在感はどんどん小さくなり、分散型の社会になっていくと思います。そうした状況で、企業や個人がどれだけ大きな夢を持てるか、どれだけ大きな未来構想を描けるかが重要です。

 例えばSpaceX社は火星移住を目標に掲げており、いわば火星に自分たちの国家を作ろうとしている。そんな大きな構想を持つことがこれからの社会を生き抜き、社会をより良くする力につながっていくと考えています。企業は5W1Hで語れる明確なビジョンを持つことが、無形資産アセットとして重要になっていくでしょう。

photo (写真=山本誠)

大橋 100年先を語れる従業員がいる会社は強くなっていくと思います。SFプロトタイピングはそんな従業員を育てることにも役立つでしょう。その一方でSFプロトタイピングをやりたいけれどやれないという企業もあるように思います。

 SFプロトタイピングは難しく聞こえるかもしれないですが、そんなことはありません。考え方に一つの枠組みを付けたにすぎないのです。例えばある小説の続きを自分で書いてみるだけでも、SFプロトタイピングは成立すると思います。大々的にやることだけが全てではありません。できるところから始めてみる。

 もし実際に自分たちの会社の企業価値や新事業創出につなげたいというのであれば、SFプロトタイピングを提供しているアノンのような会社に声を掛ければいい。SFプロトタイピングは誰でも手軽に想像力という武器を使えるようになることが本質だと考えています。

大橋 その通りだと思います。僕もSFプロトタイピングを提供しています。ぜひ、声を掛けていただければと思います。本日はありがとうございました。


 LIXILはSFプロトタイピングを正しく理解し、より良い成果を作り出すために上手に活用していると感じました。特にLIXILが掲げているパーパス(存在意義)、世界中の誰もが願う、豊かで快適な住まいの実現に向けた取り組みの一つがSFプロトタイピングである、という意気込みは刺さりました。SFプロトタイピングから考える企業の未来と、企業自身が考える未来はかけ離れたものではないと強く思いました。

 SFプロトタイピングに興味がある、取り組んでみたい、もしくは取り組んでいるという方がいらっしゃいましたら、ITmedia NEWS編集部までご連絡ください。この連載で紹介させていただくかもしれません。

連載:「SFプロトタイピング」で“未来のイノベーション”を起こせ!

SF《サイエンスフィクション》をビジネスに活用する「SFプロトタイピング」。現実を取り払って“未来のイノベーション”を生み出す可能性を秘めた取り組みの最前線を追う。

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