2019年にスタートした本連載「Innovative Tech」は、世界中の幅広い分野から最先端の研究論文を独自視点で厳選、解説する。執筆は研究論文メディア「Seamless」(シームレス)を主宰し、日課として数多くの論文に目を通す山下氏が担当。イラストや漫画は、同メディア所属のアーティスト・おね氏が手掛けている。X:@shiropen2
ドイツ航空宇宙センターとハインリッヒ・ハイネ大学に所属する研究者らが物理学の学術誌Physical Review Lettersで発表した論文「Quantum Mechanics Based on Real Numbers: A Consistent Description」は、複素数を使わずに実数だけで量子力学を記述できることを示した研究報告だ。
量子力学の世界を数式で表す際、これまでは実数だけでなく虚数を含む複素数を使うのが当たり前だとされてきた。しかし、自然界の現象を実数だけで記述することはできないのだろうかという疑問は、長年物理学者の間で議論の的となってきた。
過去の研究には、実数だけで量子力学を記述しようとする主に2つのアプローチが存在した。1つ目は、系を実数で表すために補助的な要素(リビット)を付け加える方法。こちらは量子力学の予測を正しく再現できたものの、なぜそうした形になるのかという物理的な理由付けと結びつけられないまま、数学的な道具として扱われてきた。
2つ目は、複数の量子系を組み合わせる際の従来の計算ルール(テンソル積)をそのまま保つ方法。しかしこの方法は特定の実験結果と矛盾することが判明し、実際に行われた実験によって否定された。
この状況に対し、研究チームは数学的な計算ルールを直接いじるのではなく、これまで当たり前とされてきた前提そのものを見直した。つまり、2つの系を組み合わせるときはテンソル積で表すという数学的な決まりを出発点に置くことをやめたのだ。
その代わりに研究チームが土台に据えたのは、物理的にごく自然な、独立して用意された2つの系があるとき、片方だけに操作を行っても、もう片方には測定できるような影響は及ばないというものである。
量子もつれを含む標準的な量子力学も、この性質を満たしている。もつれた2つの系のあいだには測定結果に強い相関が現れるが、だからといって片方を操作して遠くの相手に信号を送れるわけではない。研究チームは、この当たり前ともいえる原理を出発点に選んだ。
この要請を満たすように実数だけで表現を組み立て直したところ、かつて予測の再現には成功していた計算の形が、今度は自然な形で導き出されたという。これにより、実数のみの量子理論は単なる数学的なつじつま合わせではなく、物理的に納得のいく裏付けを持つと示した。
複素数は量子力学に不可欠ではなく、あくまで便利な道具にすぎないと研究チームは結論づけている。
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