成功の鍵握るHTML5とYouTubeの新型広告(後編):ネットワークモデルに移行するメディア産業(2/2 ページ)
KindleやiPadで盛り上がる電子出版、Apple TVやGoogle TVで再び脚光を浴びるインターネットTVなど、メディア産業が通信を軸とするネットワークモデルへと移行している。前半では、その成功の鍵を握るウエブ技術標準HTML5に対する、AppleやGoogleの取り組みを見て来た。後半では、HTML5の問題点を吟味した後で、その先にある新たなビジネス・モデルとしてYouTubeの新型広告を紹介する。
メディアの構造変化:ブロードキャスト型からネットワーク型へ
このコメントは、米国のコンテンツホルダーが、メディアの構造変化に対応し始めたことを示唆している。これまで新聞社や出版社、テレビ局のような伝統的メディアによる情報伝達メカニズムは、いずれもブロードキャストモデルで表わすことができる。つまり中心に放送局、新聞社、出版社などがあって、そこから情報(コンテンツ)が放射状に発散して、大衆へと到達するイメージだ(図2の左側)。
これに対し、YouTubeやFacebook、Twitter、あるいは日本のモバゲータウン、GREE、mixiなど、いわゆるソーシャルメディアでは、伝達メカニズムが全く異なる。そこでは各種情報やコンテンツが、電子コミュニティを構成するユーザーからユーザーへと、ネットワーク的に伝達される(ネットワーク・モデル、図2の右側)。
ブロードキャスト型のメディアでは、その中心にコンテンツ(ニュース、映像、音楽、文章作品など)を投下すれば、それは瞬時におびただしい数の人々に送り届けることができる。また、その中心に広告を打てば、それは同じく速やかに大衆の目に止まる。このように、ブロードキャスト型のメディアは、非常にシンプルで理解しやすく、パワフルな印象を与える。
しかしコミュニケーションの基礎理論に従えば、実はネットワーク型の情報伝達はブロードキャスト型に勝るとも劣らない影響力を持つ。メディア社会における情報伝達メカニズムを説明する理論として、「世論形成の2段階理論(The two step flow theory)」がよく知られている。これはラジオが社会に浸透した1940年代に、米国の社会学者ポール・ラザースフェルド氏らが提唱した学説で、要するに世論は「マスメディア」と「実世界における人間関係」の2段階を通して形成されるとする説である。
この学説の基になったのは、ラザースフェルド氏らが1940年にニューヨークで実施した、有権者の投票行為に関する聞き取り調査である。その当時までマスメディア研究の主流は、「大衆社会観」とそれに基づく「(マスメディアの)強力効果論」であった。これらの仮説では、ラジオのようなマスメディアにさらされた人々は、それぞれが個性を失った巨大な均一集団と考えられ、それは全体としてマスメディアに大きく影響される。つまり投票行動は、マスメディアから直接的な影響を受けることになる。
ところがラザースフェルド氏らの調査で明らかになったことは、上記の仮説とは正反対であった。すなわちメディアにさらされた人々(社会)は、無個性の均一集団と考えることはできない。むしろさまざまな組織、集団(コミュニティ)から構成され、人々(有権者)はマスメディアよりも同じコミュニティの仲間から、より大きな影響を受けることが分かったのだ。
その過程で重要な役割を担うのが、各コミュニティにおけるオピニオンリーダーだ(図2の赤丸で示した人)。つまり情報はまずマスメディアからオピニオンリーダーに伝わり、彼らが周囲の人々にその情報を伝達するという2段階を経て、世論やトレンドが形成される。このオピニオンリーダーの役割は、メディア発のおびただしい情報から自分達のコミュニティに関連する情報を選び出し、それを分かりやすくかみ砕いて仲間たちに伝えることだ。それによって人々はその重要性を理解し、議論を交わし、そこから世論やトレンドが形成される。要するに、人はマスメディアから直接情報を仕入れるよりも、自分の信頼する人から同じ情報を聞かされた時の方が、それに感化されやすい。これは私達の日常生活を振り返れば、自然に首肯できるだろう。
その後、2段階理論はマイナーチェンジを重ねつつも、基本的には定説として現在まで受け継がれている。つまり新聞やテレビなど伝統的メディア発の情報は、まず放射状に高速で拡散し、そこから現実世界における人間のネットワークを複雑に経由して社会に浸透していく。そして後者(ネットワークモデル)は、前者(ブロードキャストモデル)に勝るとも劣らない影響力を持つ。
ネットワーク型の情報伝達は、過去においては、主に井戸端会議や学校、職場などにおけるフェイスツーフェイスのコミュニケーションによってなされてきた。しかし1990年にWebが発明され、さらに世紀をまたいでSNSなどソーシャルメディアが普及し始めると、フェイスツーフェイスの現実世界からサイバー空間へと、ネットワーキングの手段が大きくシフトし始めた。別の見方をすれば、日常社会の緻密な人間関係の中にも、メディアが浸透してきたのだ。これが「ブロードキャストモデル」から「ネットワークモデル」へと向かう、メディアの構造変化の本質である。
ここに来て米国のメディア/コンテンツ産業では、ネットワーク・モデルの構造的な特性を理解し、それを科学的に活用したビジネスモデルへの転換が始まっている。その代表例が、YouTubeのContent IDを利用した広告サービスなのだ。そこでは無断でコピーされた動画ファイルが、ユーザーからユーザーへと転々流通するたびに、そこに掲載されたディスプレイ広告の視聴回数も増加する。となると、ファイルのコピーを制限するDRMは、無用の長物というより、むしろマイナスになる。
コンテンツの著作権から最大限のお金を稼ぎ出すために、そのDRM(著作権管理技術)を外してしまう――。ブロードバンド通信網を基盤とするネットワークモデルへの移行は、メディア/コンテンツ業界の関係者に根本的な発想の転換を促している。YouTubeの業績改善は、日本では今のところ、ごく表面的にしか報道されていない。しかし今後、その内側が理解されるにつれ、メディアの構造変化に適合したビジネスモデルの先駆けとして、日本でも詳しく検討されるだろう。本稿もその一助となれば幸いである。
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