深海でも電気が手に入る、空気がなくても使える燃料電池とは発電・蓄電装置(2/2 ページ)

» 2013年11月20日 14時40分 公開
[畑陽一郎,スマートジャパン]
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海中用燃料電池は何が難しいのか

 燃料電池は湯や電力を供給するエネファームとして家庭で利用されている。燃料電池車の量産時期も2015年と近い。十分確立された技術だといえる。だが、海中では使いにくい。

 燃料の水素はもちろん、海中には酸素(空気)がないからだ。さらに深海の高圧に耐えるため、全体を耐圧容器に収める必要がある。これでは発電後に発生する水蒸気を放出することもできない。外部環境とは無関係に動作する「閉鎖式」のシステムが必要になる。閉鎖式にしなければならない点が最も難しいのだという。

 このような制約があるため、実用化に至る開発期間が長かった。1990年代から共同研究を始め、2005年には自律型無人巡航探査機「うらしま」に4kW級の閉鎖式燃料電池を搭載、56時間で317kmを連続航行した。この時点ではリチウムイオン蓄電池を使うと約8トンの重量で約100km連続航行できた。燃料電池に変更することで重量は約10トンに増えたが、連続航行距離は3倍以上に延びている。

 これでもまだ課題が残っていた。燃料電池システムを軽量・小型化できていない。閉鎖式燃料電池システムは耐圧容器内で全て自律動作しなければならない。特に2種類の補助装置に問題があった。未反応ガスを循環させる装置と、燃料電池の反応がスムーズに進むようガスを湿潤化する装置だ。このような装置を取り付けると装置が大型化してしまう。さらにこのような周辺装置を動作させるために電力を消費してしまう。装置の種類が増えると故障の確率が上がる。

バルブシステムで課題を解決

 今回の共同開発では三菱重工が機械部分の開発とシステム統合を担当し、JAMSTECが電気制御部を開発した。2種類の装置の課題を解決したのは三菱重工が考案したバルブシステムだ。動力をほとんど使わず、ガス自体の圧力を利用して2種類の装置を不要にした(図5)。「一般にバルブを増やすと故障の原因につながりやすいため、今回のシステムの中で一番不安があったが、全く問題なく動作したため信頼できる。陸上試験では600時間以上の連続動作が可能だった」(百留氏)。

図5 閉鎖式HEML燃料電池の概念図。青線と青矢印はガスなどの流れを示す。出典:JAMSTEC

 バルブの仕組みを説明する。燃料電池スタックには酸素と水素を供給する必要がある。図5では分かりやすくするために酸素の系統のみを示した。まず図5の左の状態で燃料電池が動作する。左端のガスボンベから酸素がバルブ1(V−#1)を経由し、スタックAを通過、気液分離器を通って、バルブ3、スタックB、気液分離器という順番で流れていく。バルブ2とバルブ4は閉じている。

 スタックAは純酸素と水蒸気、水(生成水)を排出する。純酸素と水蒸気はスタックBが利用するため、そのまま通過させ、余分な水を取り除くのが気液分離器だ。

 この状態ではスタックAに乾燥した酸素が送られてしまう。そこでバルブを操作して図5の右の状態に切り替える。バルブ1、3を閉じ、2、4を開く。すると、ボンベからの酸素はまずスタックBに向かい、スタックAには湿潤な酸素が通る。

 このようにして、未反応ガスの循環の課題と、ガス湿潤化の課題が解決した*1)

*1) 燃料電池システムの頭に付いたHEMLとは、「High Efficiency Multi Less」という意味。循環器を使用せず(Blower-Less)、加湿器を必要とせず(Humidifier-Less)、水素リークしない(Leak-Less)ことを、マルチレス(Multi-Less)と表現した。本文中では触れていないものの、分子量が小さい水素がリーク(漏出)する課題は、今回、燃料電池スタックを密封することで解決している。

 閉鎖式HEMS燃料電池システムには意外な性質がある。一般に燃料電池は低温に弱い。燃料電池は化学反応によって電力を生むため、低温では反応速度が極端に下がってしまうからだ。低温下では起動に長い時間を要する。「海中は最低−1度まで温度が下がる。しかし、閉鎖式HEML燃料電池システムは耐圧容器に格納したため熱が逃げにくい。作動時の温度を60度以下に保つため、冷却水を利用しているほどだ」(百留氏)。この結果、従来は数時間を要していた起動時間を十数分に短縮することが可能になったのだという。

数kW級の開発へ進む

 今後の開発方向は小型で閉鎖式という特徴を生かしたまま、出力を高める方向に向かうという。「JAMSTECが主に目的とする観測深度は3000〜6000mだ。電気自動車と燃料電池車を比較すると、同じセダンでも走行距離は約2倍違う。海洋研究でも同じ利点を生かしたい。最低でも電池の2倍の容量が欲しい」(百留氏)。そのため、今後は出力が数kWに達するシステムの開発を目標に掲げている。

 「当社の燃料電池は発電所に向く大出力のもの(固体酸化物形燃料電池:SOFC)と、今回の閉鎖式燃料電池がある。閉鎖式については特殊環境、例えば宇宙開発に応用できると考えている」(三菱重工)。

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