九州大学の研究チームは、低エネルギーの光を高エネルギーの光に変換するフォトン・アップコンバージョン技術の実現に必要な分子組織体の開発に世界で初めて成功した。太陽電池や人工光合成の効率を高めるための画期的な方法論になることが期待される。
九州大学大学院工学研究院/分子システム科学センター(CMS)の君塚信夫主幹教授・センター長と楊井伸浩助教授らの研究グループは、フォトン・アップコンバージョン技術の実用化に必要な分子組織体を世界で初めて開発した。
フォトン・アップコンバージョンとは、これまで利用できなかった低エネルギーの光を高エネルギーの光に変換する技術で、太陽電池や人工光合成の効率を飛躍的に向上するなどの再生可能エネルギー技術への応用が期待される。
太陽エネルギーの約半分は近赤外光で占められているものの、近赤外光はエネルギーが低いためこれまでの太陽電池では有効活用することが難しかった。また太陽エネルギーから水素を生みだす次世代技術として期待されている人工光合成では、可視光を効率よく利用することは難しいとされていた。このように従来の太陽光エネルギーの利用技術では、利用できる光の波長範囲が限られるという大きな問題があった。
この問題を解決する可能性があるのが、フォトン・アップコンバージョンというエネルギー創成技術である。低いエネルギーの光を高いエネルギーの光に変換することで、これまで使えなかった光も利用できるようになる。
フォトン・アップコンバージョンにはさまざまな機構があるが、中でもレーザーのような強力な光を用いず、太陽光程度の弱い光をアップコンバージョンできる「三重項−三重項消滅(triplet-triplet annihilation: TTA)」を経る機構が注目されており、世界中で研究が進められている。しかしそのTTAを用いたアップコンバージョンの研究分野では、太陽光のような弱い光でも機能し、空気中で安定、かつ高効率という理想的なメカニズムの構築は困難だった。
今回、同研究グループは、分子の自己組織化を用いるという全く新しいアプローチにより、理想的なアップコンバージョンメカニズムの構築に成功した(図1)。その研究成果をもとに、フォトン・アップコンバージョンを示す自己組織化分子システムを世界で初めて開発し、その量子収率が30%と極めて高いことを明らかにした(2つの光子を1つの光子に変換する過程のため、理論上の最大効率は50%)。
今回開発したアップコンバージョン能を有する分子組織体は、高効率で、太陽光程度の弱い光(低励起光強度)でも機能し、空気中でも安定なアップコンバージョン発光を示す理想的なものだ。学術的だけでなく産業的にも大きな波及効果をもたらす成果となっている。また、ゲルや薄膜といったさまざまな形態の材料に展開可能であるため、折り曲げたり伸ばしたりできるフレキシブルなデバイスの基盤材料としても期待される。
将来的に近赤外光を可視光に、また可視光を紫外光にと、より大きなエネルギーの光に変換する色素系へと応用すれば、太陽電池や人工光合成の効率を高めるための画期的な方法論になることが期待される。
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