有機薄膜太陽電池は、シリコン太陽電池とは異なる利点がある。軽量化しやすく、製造時のエネルギーが少ない。弱点は変換効率だ。理化学研究所と京都大学の研究チームは、変換効率向上の邪魔になっていた「光エネルギー損失」を大幅に引き下げる分子を開発した。
「有機物を用いた太陽電池は、同じ潜在能力(バンドギャップ)を持った無機(シリコン)太陽電池よりも性能が低かった。原因は分子間で電子の受け渡しの際に起こるエネルギーの低下だ。これを解消する高分子を開発できた」(理化学研究所創発物性科学研究センター上級研究員の尾坂格氏)。
有機物を利用した太陽電池は、プラスチック基板上に印刷手法を用いて製造できる。製造コストに響く高温環境や真空環境は必要ない。大面積で柔軟性のあるパネルを素早く安価に製造できる。
欠点は変換効率だ。大量に普及しているシリコン太陽電池や、化合物太陽電池(CISやCdTe)と比較すると、変換効率が低い。シリコン太陽電池などの変換効率の記録は20〜25%、有機物を用いたものは10%程度だ*1)。
このような状況を打破する研究成果を、2015年12月2日、理化学研究所と京都大学の研究チームが発表した。有機薄膜太陽電池の変換効率の改善に役立つ高分子「PNOz4T」を開発したという内容である(図1)*2)。
*1) 国立再生可能エネルギー研究所(NREL)が2015年8月6日に公開した太陽電池の変換効率の記録によれば、有機薄膜太陽電池セル(研究段階の小面積セル)の変換効率は11.5%である。
*2) 科学技術振興機構(JST)が進める戦略的創造研究推進事業 先端的低炭素化技術開発(ALCA)の「高効率ポリマー系太陽電池の開発」(研究開発期間2014年10月〜2020年3月)の成果。理化学研究所創発物性科学研究センターの尾坂格上級研究員、同瀧宮和男グループディレクター、同川島和彰客員研究員、京都大学大学院工学研究科の大北英生准教授、同玉井康成博士研究員の共同研究。
PNOz4Tを用いた太陽電池は、膜質に課題があり、現時点の変換効率は約9%(図2)。これを改善することで、2016年度末には12%達成を狙う。最終的には15%まで向上する可能性があるという。
「15%を実現できれば有機薄膜太陽電池の商品化が大幅に進む。今回の成果を応用することで実現できると考えている」(同氏)。
有機薄膜太陽電池の変換効率が上がりにくい最大の理由は、太陽光から得たエネルギーの一部を電力として取り出す前に失うことだ。
無機系の太陽電池では、原子や分子のそばに位置する低いエネルギー(基底状態)の電子が、太陽光を吸収して高いエネルギーになる。このエネルギー差(バンドギャップ)を即座に電力として取り出すことができる*3)。電子の抜けた穴は、正孔として電流を運ぶ。
「有機薄膜太陽電池では、無機系の太陽電池と違って、分子が光を受けても即座に電子と正孔に分かれない。数十ナノ秒間、励起状態にとどまる。励起状態を放っておくとエネルギーが熱に変わってしまう。そこで励起状態になった分子のそばに、フラーレン(C60)を修飾した分子を置き、この分子が電子を受け取って、電流を取り出す手法を一般に採る」(尾坂氏)*4)。
励起子からフラーレン類分子へ電子を移動させるためには駆動力が必要だ。逆に言えば、この分だけ取り出すことできる電気エネルギーが減ってしまう。冒頭の尾坂氏の発言は、この駆動力をほぼゼロにできたことを意味する。
*3) バンドギャップの大きい半導体は、青色の光の吸収に向き、小さい半導体は赤色の光や赤外線の吸収に向く。太陽光に含まれる光は緑色が多いため、バンドギャップの大きさが1.4電子ボルト(eV)程度の半導体が最も電力を生み出しやすい(関連記事)。なお、電子ボルトは電圧ではなく、電子1個を動かすような微少なエネルギーを表す単位。1電子ボルト=1.6×10−19ワット秒。
*4) 励起状態となるPNOz4Tはp型の高分子、今回はn型の分子としてフラーレン誘導体のPCBMを用いた。
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