いちご栽培に水素を活用、工場の廃熱や廃液もエネルギーエネルギー列島2016年版(38)愛媛(1/3 ページ)

愛媛県の西条市では8年前から水素エネルギーを農業に利用してきた。工場の排熱と地下水の温度差で水素を放出・吸収しながら、電力を使わずに冷水を製造していちごの栽培などに生かす。県内の沿岸部には風力発電と太陽光発電が広がり、製紙工場では廃液を利用したバイオマス発電が拡大中だ。

» 2017年01月17日 09時00分 公開
[石田雅也スマートジャパン]

 瀬戸内海に面した愛媛県の西条市は農業が盛んで、水田の面積は四国の市町村の中でも最大だ。一方で臨海部には工業地帯が広がり、造船所をはじめ大規模な工場が集まっている。農業と工業を水素エネルギーで連携させる「西条クール・アースプロジェクト」は2009年に始まった。水素社会を目指した先進的な実証プロジェクトである。

 繊維メーカーのクラレの工場の構内に、太陽光発電システムや熱交換器、さらに水素吸蔵合金(MH:Metal Hydride)による冷水製造システムを導入した(図1)。水素吸蔵合金は熱を加えると大量の水素を放出して熱を吸収し、逆に冷やすと発熱しながら水素を吸収する性質がある。体積の1000倍の水素を取り込むことができるため、大量の水素を貯蔵する有効な手段の1つだ。

図1 「西条クール・アースプロジェクト」の実証試験設備。MH:水素吸蔵合金。出典:西条市産業経済部

 西条クール・アースプロジェクトでは工場から排出する熱と地下からくみ上げた水の温度差を利用して、水素吸蔵合金で水素を放出・吸収する反応を繰り返す。この仕組みを使って水素を放出する時の吸熱効果で冷水を製造する。電力を使わずに冷水を作って、1年中いちごを栽培できるようになった(図2)。

図2 工場からの排熱と地下水の温度差を利用した水素吸蔵合金(MH)による冷水製造システム(上)、水素エネルギーを農業に利用する実証研究(下)。出典:西条市産業経済部

 さらに高級魚のサツキマスの養殖にも水素エネルギーで作った冷水を生かす。これまで使われていなかった熱と水素エネルギーを組み合わせて、CO2(二酸化炭素)を排出しない低炭素型の農業生産システムを実現する狙いだ。太陽光発電システムと併用することによって、プロジェクト全体で年間に74トンのCO2を削減できる効果を実証した。

 西条市が先進的に再生可能エネルギーの導入に取り組んだのは、クール・アースプロジェクトが最初ではない。今から26年前の1981年に、政府が主導した再生可能エネルギーの国家プロジェクト「サンシャイン計画」の一環で太陽光発電所が市内で稼働している。

 沿岸部にあった4万平方メートルの用地に2万2000枚の太陽光パネルを設置した大規模な発電設備だ(図3)。発電能力が1MW(メガワット)に達する日本で最初のメガソーラーで、当時としては世界でも最大の太陽光発電所だった。このメガソーラーは1992年に試験プラントとしての役割を終えて、跡地はアサヒビールの製造工場に変わっている。

図3 「西条太陽光発電所」の全景と概要。出典:西条市産業経済部

 日本初のメガソーラーの試験に取り組んだことを契機に、西条市はエネルギーの有効利用に積極的に取り組んできた。市内にあったパナソニックグループの工場が2016年3月に閉鎖されたが、残った施設を水素エネルギー関連製品の生産拠点に転換するプロジェクトが動き出している。

 エレクトロニクス機器を開発・製造するレクザムが工場の施設と跡地を買い取って、燃料電池をはじめ水素エネルギー関連製品の生産拠点を整備する計画だ(図4)。愛媛県や西条市と連携をとりながら、水素の製造から貯蔵・輸送・利用までを一貫体制で運営できるサプライチェーンの構築を目指す。

図4 水素エネルギー関連製品の生産拠点になる「レクザム西条工場」。出典:レクザム

 レクザムは新工場の整備にあたって数十億円にのぼる設備投資を実施するほか、新規の雇用を増やして燃料電池の製造から着手する方針だ。工場の生産体制が軌道に乗った段階では200人規模の雇用を予定している。水素エネルギーで地域経済を活性化していく。

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