燃料電池への水素供給を簡易化、常温で働く分離膜を新開発蓄電・発電機器

北海道大学は常温で利用でき、高価な銀パラジウムを利用した合金膜より50倍高い水素透過速度を持つ新しい水素分離膜の開発に成功。燃料電池への高純度な水素供給の簡易化に貢献するという。

» 2017年10月12日 07時00分 公開
[長町基スマートジャパン]

 北海道大学は2017年9月、古くから知られるセラミックスである窒化チタン(TiN)のナノ微粒子膜が、室温で非常に優れた水素透過性を持つこと発見したと発表した。

 水素は医薬品やさまざまな化学製品の原料として利用されるだけでなく、近年では燃料電池のクリーンエネルギー源として注目されている。通常、水素は水の電気分解や天然ガスの改質などによって生成されるが、その過程で生じるプロセスガスには水素の他にもさまざまな成分が含まれてしまい、プロセスガスから水素だけを選択的に分離することが必要となる。

 水素を分離する最も簡単で効率よい方法は、水素のみを選択透過する固体膜を用いる方法がある。ニッケル、チタン、ニオブやバナジウムなどの合金は、水素を大量に吸収する性質をもっているため、これらの膜の片面に水素を含んだ高圧プロセスガスを充たし、反対側の面の圧力を下げると水素を分離することができる。一方で、水素がこれらの合金を透過すると金属原子間の結合を切断してしまうため、いわゆる「水素脆(ぜい)化」により合金が腐食し、選択透過膜として長時間使用することはできない。金属材料の中で唯一、パラジウム合金は深刻な水素脆化を起こさないことが知られているが、パラジウムは希少金属であるため、大規模な応用や実用化は極めて困難だ。これらのことから、近年では金属の水素透過性に頼らない全く新しい原理の水素透過膜材料が模索されている。

 近年では水素透過合金に代わる材料として、プロトン(+1価の水素イオンH)と電子の両方を伝導する金属酸化が活発に研究されている。このような膜で高圧プロセスガスと低圧室を隔てると、膜中で電子の移動が起こり、結果的に水素を輸送することができる。しかし、セラミックス中でのHはセラミックス内のO2−イオンと非常に強く結びついているため、この束縛を逃れて自由に動き回るためには、セラミックスを高温にする必要がある。この束縛エネルギーが小さく、より低い温度で水素イオンが自由に動き出す材料(プロトン伝導体)は、水素膜としてだけでなく燃料電池にも不可欠な材料であるため、現在、世界中で活発に研究開発が行われている。

水素透過膜の概念図 出典:北海道大学

 そこで研究グループは今回、窒化チタン(TiN)に着目した。この材料はよく知られた構造用セラミックス材料であり、金属ドリルや刃物などの超硬コーティングや半導体装置の電極に使われている。

 TiNの仕事関数は比較的小さいため、その粒子表面に吸着した水素はTiNから電子を受け取り、ヒドリドイオン(ー1価の水素イオン:H)となって、TiN粒子表面上の隣り合うTi間を容易に移動する。現在までに研究グループは、TiN微粒子からなる緻密膜を厚さ200nmまで薄くすることに成功しており、厚さ5マイクロメートルの銀パラジウム合金膜よりも室温で50倍高い水素透過速度を実現することに成功した。

 研究グループは今回の成果によって、今後、各種化学プロセスにおける水素分離、特に光水分解や電気分解によって生成する水素と酸素の混合ガスから水素のみを常温分離することを可能とし、さらには家庭用や車載用の燃料電池への高純度水素分離供給を可能とすることが期待されるとしている。

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