気候関連のリスクと機会のイメージを持って頂いたところで、シナリオ分析に進もう。具体的な手順に沿って私見を述べたい。
シナリオ分析においては、社内各部門の巻き込みが欠かせない。ただ、どの段階でどの部門を巻き込めばよいか――というのは悩ましい問題で、質問を頂くことも多い。
基本的には「中核となる部門でシナリオ分析を始めた上でで、必要な部署を巻き込むケース」と、「当初から社内横断でのチームを作った上で、シナリオ分析をスタートするケース」の2つが想定されるが、これはそれぞれ一長一短がある。最初から社内横断チームを発足させる方が手戻りなく進むことは確かだが、日程調整だけでも大変でなかなかスタートできない、担当者を広く集めたもののすべての部門が一斉にスタートできるわけではなく非効率が発生した、などの事例も聞くため、会社の規模や事業領域の広さなどを踏まえた検討が必要であろう。
次は、対象範囲の設定だ。事業が複数にまたがる場合などはまずは分析対象となる事業をいくつか選定し、徐々に全事業に広げていくというやり方もあり得る。事業選定の軸としては、「売上比率」「気候変動のインパクト」「データ収集の難易度」等が考えられる。その他、対象とする地域(国内拠点のみ/海外拠点含む等)、企業範囲(連結決算範囲のみ/子会社も含む等)についても同様に徐々に広げていくのが良いだろう。
時間軸については、2040年から2050年が良いだろう。2025年や2030年など時間軸を短くおくと、複数シナリオを設定したとしてもその差異が小さく、企業インパクトについてもあまり顕著に出ないことが予想されるためである。
自社内に専門組織を持つ欧米のエネルギー会社などでは、独自のシナリオ設定をしているところもあると聞くが、基本的には入手可能なシナリオを活用すればよいと考える。代表的なシナリオとしては、以下の3つが挙げられる。
参照先としては、2℃以下を含む複数の温度帯シナリオの選択が推奨されており、複数選択するのであればできる限り温度帯や世界観が異なるシナリオを選択したほうが「想定外」の事項を無くし、幅広く自社の将来像を点検することにつながると考える。リスクと機会のところで触れた通り、一足飛びに脱炭素とはいかない事業分野に関しては適切なトランジション(移行)を設定することも必要になってくる。
次に、設定したそれぞれのシナリオにおける各事象が、組織の戦略的・財務的ポジションに対して与えうる影響を評価し、感度分析を行うことになる。
事業インパクト評価は、以下の流れで実施するのが一般的であろう。
しかし、これらを実際に始めるとなると、色々と困難に直面する可能性が高いと考えている。筆者がこれまでの経験からポイントとなりそうな点を4つ紹介したい。
まずは、現状の技術レベルで実現可否を考えないことである。現状で考える限り、結果も現状の延長線上で留まってしまう。2050年など超長期での影響を扱うのであるから、現存の社会とは異なるイノベーションや非連続的な技術革新などの対策を前提として大胆に検討することを意識することが需要である。
次に、数値の精度を追求しすぎないことである。日本企業は外部に数字を出すとなると非常に保守的になる傾向が強いと感じているが、精緻な試算はそもそもできないものだと割り切って考えることが重要である。「今年はここまでにして、来年は少しブラッシュアップしよう」といった感じで、ステップバイステップで進めるのが良いと考える。
また、対策の議論にずれが生じないように、メンバー間で世界観を極力統一することも重要である。そのためには可視化が有効である。開示された資料などを検索いただくと、すでに同業他社が世界感をイラストなどで開示している例も増えていると思われる。シナリオごとのイメージを可視化して認識を合わせることは議論を深めるうえで非常に重要であると実感している。
最後に、すべて自前でやろうとしないことである。すでに多くの企業が取り組み内容を開示しており、同業他社の取り組みなどは大いに参考にすべきである。また、シナリオやそれに関連するパラメータなどを個社でリサーチするのはかなりの作業量が生じるため、部分的にコンサルティング会社など外部人材を活用することも有益であろう。
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