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アメリカに見るデジタル放送普及の政策課題(後編)「情報メディア白書2004」から〜電通総研が斬る! 地上デジタル放送への論点(6)

» 2004年06月17日 00時00分 公開
[西山守,電通総研]

多方面での政策的措置

 アメリカでは地上デジタル放送の普及が当初の計画通りには」進んでおらず、「2006年末までに地方局を含めたデジタルへの完全移行及びアナログ停波」の実現が危ぶまれていることは、前回解説した通りである。

 そうした状況のもと、FCC(連邦通信委員会)のパウエル委員長は下記のようなデジタル放送普及対策を打ち出すに至っている。

  1. デジタル免許を取得した放送局にデジタル放送の開始を要求すると同時に、地上波放送局、ケーブルテレビ事業者、衛星放送事業者の各事業者に対して、HDTVなどのデジタルならではの付加価値のある番組を増やすことを求める
  2. ケーブルテレビ事業者に対し、デジタル放送の再送信の義務づけ(マストキャリー・ルール)を検討
  3. 家電メーカーに対し、今後米国内で発売する13インチ以上のテレビ受像機にデジタルチューナー搭載を義務付け、2007年までにはすべての受信機にチューナー搭載を要求

 一連のFCC側の普及促進案の提示によって、デジタル放送普及の政策的な枠組が整った形になった。しかしながら、依然として放送業界、家電業界側からの反発も強く、膠着状況から抜け出せない状況が続いている。

 1.は、視聴者に対してデジタル放送の価値を訴求することで、普及促進をはかろうとする戦略である。これに対して当初は放送局側の反発もあったが、HD番組の充実を中心に各社デジタル向け番組に力を入れ始めている。ケーブルテレビやデジタル衛星放送においても、HDチャンネルや、双方向番組などの充実により、デジタル環境は着々と整いつつある。

 2.については、テレビ視聴世帯の70%以上を占めるケーブルテレビ、衛星放送経由での地上波再送信世帯に対するデジタル普及促進対策である。再送信世帯のデジタル化はデジタル放送普及の鍵を握っており、地上波放送局としてはマストキャリーを実現したいところだが、ケーブルテレビ事業者側は「限りある帯域は自分たちで自主的に判断して使いたい」という意識も強く、難航しているのが現状である。

 3.のチューナー内蔵義務化については、2003年9月にCEA(全米家電協会)がこれに反対してFCCを相手取って訴訟を起こしたが、同年10月末、連邦高等裁判所はCEAの主張を退け、FCCの規制を容認する結果となっている。

デジタル放送関連の政策

対象 内容 目的
家電メーカー 新規に発売されるテレビ受信機に、2007年までに段階的にデジタルチューナー搭載を要求 端末レベルでの地上デジタル放送視聴環境の整備
家電メーカー デジタルコンテンツの不法な録画やインターネットでの流通を阻む技術(放送フラッグ)の採用を要求 デジタルコンテンツのコピー防止、著作権保護
放送事業者 デジタル免許を取得した放送局にデジタル放送の開始を要求すると同時に、地上波、CATV、DBSの各放送局にデジタル番組を増やすことを要求 視聴者への付加価値の向上による、地上デジタル放送の普及促進
メディア事業者(主に放送事業者) マスメディアの所有規制の緩和(詳細は後述) (デジタル化に耐えうる)メディアの経営体力の増強
ケーブルテレビ事業者 ケーブルテレビ経由での地上デジタル放送番組の再送信の義務付け(マストキャリールール) 地上デジタル放送視聴環境の整備
各種報道資料をもとに作成

 

デジタル放送普及とメディア所有規制の緩和

 上記のようなデジタル普及政策と平行して、メディアの所有規制の緩和の議論が進んでいる。ケーブルテレビや衛星放送、インターネットの発達によってメディア環境は大きく変化しており、そうした環境変化に即して制度を見直そうというのが議論の前提としてある。

 さらにその背景には、新聞社と放送局の兼営等を許容することで、放送局にデジタル化に向けた投資負担に耐える経営体力を確保させたいといった行政側の思惑も作用している(下図)。つまり、メディア所有規制緩和の議論は、デジタル放送普及政策とも密接に結びついているのである。

 メディア所有規制緩和に関しては、「安易なメディア所有規制の緩和は、報道内容の多様化を阻害する」といった「放送の公共性」からの批判が出されている。こうした視点から、連邦高等裁判所はFCCに対して、議会の動向が定まるまで新規制の施行を差し止めるように命令した。しかしながら、2004年1月には、同法案はFCC案を一部修正する形で上下両院で可決され、一応の決着が見られることになった。

マスメディア所有規制の概要

内容
全米規模での放送局の所有制限 全米視聴世帯のカバー率を35%以下に制限 上限を39%に緩和(当初は45%が提案されていたが、妥協)
地域規模での放送局の所有制限 大都市では2局まで所有可能 大都市では3局まで所有可能
新聞社、放送局の兼営 兼営は禁止 中規模の都市(9つ以上のテレビ局が存在する市場)では兼営可能
各種報道資料をもとに作成

 

2005年以降にデジタル放送は急速に普及!?

 上述のように、地上デジタル放送普及政策は、紆余曲折を経ながらも、漸進的に進んでいる。

 米IMS Researchによると、普及政策や受像機価格の低下、世界規模での普及キャンペーンの影響により、これまで立ち上がりが遅れていたデジタルチューナー内蔵テレビの普及は2005年以降に急速に拡大するとされている。

 2003年末にデジタル化を開始した日本においては、2004年4月末現在でデジタル放送受信機の累積出荷台数は80万台強である。これを多いと見るか少ないと見るかは判断の別れる所だが、受信可能世帯が500万世帯にも関わらず、放送開始から5か月間でここまで普及したのは健闘していると言ってもよいのではないか。

 放送のデジタル化が世界的な趨勢として急速に進んでいくかどうか、さらには日本はその波に乗れるのか(あるいは日本が波を作っていくのか)、今後2、3年の動きが注目されるところである。

図 世界のチューナー内蔵型デジタルテレビ出荷(IMS Research)

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