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アメリカに見るデジタル放送普及の政策課題「情報メディア白書2004」から〜電通総研が斬る! 地上デジタル放送への論点(5)

» 2004年06月03日 00時00分 公開
[西山守,電通総研]

遠ざかる完全デジタル移行

 アメリカでは、イギリスに遅れること2か月、1998年11月に地上波デジタル放送を開始し、2004年で5年目を迎えることとなった。ほぼ同時期に始まったとはいいながら、サービス展開など、普及状況、放送規格、あらゆる点においてイギリスとは全く異なった方向で進んでいる。

 まず、サービスにおいては、双方向、多チャンネルを主眼とするイギリスに対して、アメリカではHD放送を地上デジタル放送の中核に据えている。特に、CBS、ABC、NBCの3大ネットワークのデジタルサービスは、HD番組を中心に据えて展開されている。

 デジタル化は全国エリアへと広がっており、商業・公共を含めて全米1,300局がデジタル番組を配信しており、人口カバー率はすでに99%に達している。

 放送局側の対応が着々と進んでいる一方で、視聴者への普及は苦戦しているのが現状だ。デジタルテレビ受像機は順調に売り上げを伸ばしてはいる(下図)ものの、地上デジタル放送を受信できるSTB(セット・トップ・ボックス)の出荷はいまだ少ない。デジタルテレビ受像機の大半は、DVDなどを再生する「高精細ディスプレイ」として利用されているのが現状だ。

 正確な数字は掴めていないが、デジタル放送を地上波から直接受信をしているのは全米世帯の1%に満たないという説もある。現状では、CATVや衛星放送経由で視聴している世帯の方がはるかに多いようである。

図 デジタルテレビ受像機出荷状況(MPAA調べ)(クリックで拡大)

 デジタル化当初の計画では、「2006年末までには地方局を含めたデジタルへの完全移行およびアナログ停波」を実現する予定であった。しかし、その実現性は徐々に遠のきつつある。

伸び悩みの5つの要因

 地上デジタル放送普及の伸び悩みの要因として、主に下記の5点が指摘できよう。

◎ケーブルテレビ、衛星放送(DBS)経由での視聴者が多い

 アメリカの視聴者の70%以上はケーブルテレビ、あるいは衛星放送経由で地上波放送を受信している。これらの伝送路経由での再送信が実現しなければ、地上デジタル放送普及はままならない状況である。

◎受像機の価格が割高である

 発売当初と比べると、約半額まで値下がりしたとはいえ、いまだデジタル受像機の価格平均1,500ドル以上で、アナログテレビと比べるとかなり割高である(下図)。

図 デジタルテレビ受像機の平均価格(MPAA調べ)

◎放送局をはじめ、デジタル化に消極的な事業者が多い

 放送局にとってはデジタル化への投資が嵩む一方で、それに見合った増収が見込みにくい状況にあり、デジタル対応に対して積極的になりにくい。特に、ローカル局や非営利局にとってはその傾向が顕著である。

 また、FCC(アメリカ連邦通信委員会)のデジタル普及政策に対する家電業界やケーブルテレビ事業者の反発も強く、デジタル普及促進に向けて足並みが揃いにくい状況にある。

◎公共放送の力が弱く、地上デジタルの推進役となりにくい

 アメリカには公共放送局であるPBSなどが存在するが、イギリスのBBCや日本のNHKと比べると視聴シェアは低く、放送局としての影響力も弱い。HD放送を積極的に行ってはいるが、新サービス開発やプロモーションなどにおいて公共放送が果たす役割は限定的で、地上デジタル放送の「推進役」としての機能は担えていない。

◎視聴者のメリットが見えにくい

 HD番組だけでは、視聴者にとって十分な魅力とはなりえておらず、「(高額の受像機を買ってまだ)地上デジタル放送を受信しよう」という意欲を喚起できていない。

 一方で、いまだ双方向番組や多チャンネル放送への取り組みも少なく、HD放送以上の付加価値を提供できるには至っていない。

求められる政策的対応

 魅力的な番組・サービスの提供など、放送局側の努力が必要なのはもちろんだが、そこで視聴者に新たな価値を提供するのは容易ではない。

 インターネット接続環境、ケーブルテレビ・衛星放送の視聴環境が整っているアメリカでは、地上波での双方向番組や多チャンネル放送が視聴者にとってどのくらい魅力的に映るかは定かではないし、経営的に見ても費用に見合った効果(収益増)が見込めるかという点が不明瞭である。

 事業者側、政府側を問わず「市場原理に委ねるだけでは、完全デジタル化は望めない」という認識が一般的になりつつある。こうした状況のもと、政策誘導型の普及対策が講じられるに至っている。

 次回はその詳細について論じつつ、地上デジタル放送普及のための政策的な課題を検討してみたい。

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