「どうぞ、お使いください」――エビでタイをつる思うように人の心を動かす話し方(1/2 ページ)

人と人との関係においては、何かにつけてバランスが問題になる。贈りものをもらうのはだれでもうれしいものだが、もらうばかりでお返しをしないと気持ちが落ちつかなくなる。ベテランのセールスパーソンは、この心理的負担を巧みに利用しているのだ。

» 2013年09月19日 11時00分 公開
[榎本博明,Business Media 誠]

集中連載「思うように人の心を動かす話し方」について

 本連載は、榎本博明氏著、書籍『心理学者が教える 思うように人の心を動かす話し方』(アスコム刊)から一部抜粋、編集しています。

「お1人さま3個までに限らせていただきます」と言われて、つい列を作って並んだり、本当に必要でもないのに商品を3個も抱えてレジに走ったりしていませんか? 実はこれ「今買わないと損!」と思わせて、お客を殺到させたり商品に飛びつかせたりするための、人の心を操る心理テクニックです。

あるいは「話だけでも聞いてください」と言われて、最初はまったく買う気がなかったのに、気付いたらとんでもない買い物をしてしまった……なんていう経験はありませんか? これは“フット・イン・ザ・ドア”と言われる、思うように人の心を動かす心理テクニックの1つです。

はじめからお願いしたら到底受け入れられない法外な要求でも、いつの間にか受け入れさせてしまう魔法のフレーズなのです。

他にも「どうぞ、お座りください」「そうですか、では……」「お隣のAさんもBさんも」など、人の心をぐぐっと動かすキラーフレーズや心理テクニックは世の中にたくさんあふれています。

誰でもすぐに使えて効果絶大な心理テクニックを本書ではたっぷり紹介しています。ぜひあなたも試してみてください!


借りは返さないと、気持ちのおさまりが悪いもの

 人と人との関係においては、何かにつけてバランスが問題になる。

 人から贈りものをもらうのはだれでもうれしいものだ。しかし、よほど図太い神経の持ち主でないかぎり、人からもらうばかりでお返しをしないと気持ちが落ちつかなくなる。

 プレゼントに関する次のような実験がある。

 ポーカー・ゲームをしていて、ポーカー・チップがなくなってしまった人に、ポーカー・チップを貸してやろうと申し出る。その貸し方に3つの条件を設定した。

 第1条件では「返す必要はないから」と言ってポーカー・チップをさし出す。これはまさにプレゼントだ。

 第2条件では「あとで利子をつけて返してほしい」と言ってさし出す。

 第3条件では「あとで同じ枚数返してほしい」と言ってさし出す。

 さて、どの提供のしかたが好まれるだろうか。「返す必要はない」と言われた場合がいちばんうれしいという人もいるかもしれないが、実験の結果をみると「同じ枚数返してほしい」と言った人に対する印象がもっとも良かった。

 返さなくてもよいということだと心理的負担が生じ、気持ちのおさまりが悪い。借りた分だけ返せばよいという条件下では気が楽になる。やはり、借りは返したい、返さないと気持ちのおさまりが悪い。これが人間のごく自然な心理なのである。

 これを逆用して適度の心理的負担を生じさせ、説得への承諾という形のお返しをせざるをえなくさせるテクニックがある。

 あるとき、近所のカフェで本を読んでいると、生命保険のセールスと思われる女性たちの話し声が聞こえてきた。ベテランの女性が新米とみられる人たちにアドバイスをしていた。

 「これは落ちそうな人だと思ったら、とにかくプレゼント攻勢をかけるのよ。私なんかずいぶん自腹切って贈りものをしているわよ」

 「契約してくれとか、そういったことは一切言っちゃだめ。パンフレットをちょっと手渡すくらいにして、世間話にとどめて、何かちょっとしたものを置いてくるの。子どもがいたら、お菓子とかオモチャも効果的ね」

 「3回か4回それをくり返せば、落ちる人は落ちる。ダメなこともあるけど、何件かに1件まとまればいいと思ってあせらないことね」

 といった具合であった。人から何のいわれもなくものをもらい続けると心理的負担が増大する。そのままでは気持ちのおさまりが悪いからだ。その心理的負担を解消するには、何らかのお返しをしなければならない。

 わが家にも保険のセールスレディがよく訪ねてくる。あるとき、

 「今のところ予定はないから」

 と、扉を少し開けて断ったところ、そのわずかなすき間から強引に花束をさし出してきた。手を放しかけたので、そのままではせっかくの美しい花が地べたに落ちてしまうので、しかたなく受け取った。

 あとで家内に話したところ、ここ数日間食卓を飾っていた花もその人が置いていったのだという。数日後、呼び鈴が鳴ったので扉を少しばかり開けると、例の女性が立っており、

 「こんにちは、そこまで来たものですから……。これ食べてね」

 と、私の脇の下から顔を出していた2歳の息子にお菓子をさし出した。私が制止する間もなく、わが息子はお菓子の袋をしっかり抱きかかえてニッコリしていた。

 その晩、家内にこの話をすると、昨日もどこかのおみやげだと言って何だか置いていったという。

 それから数日後、わが家では例の女性を家に上げて、契約書にサインしたのであった。

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