JavaのPaaSに備えるSalesforce.com

エンタープライズシステムに直結するPaaSを提供しているSalesforce.comは、広範な開発者を確実に抱え込み、さらにOEMパートナープログラムで大量のネイティブアプリを提供することで、JavaのPaaS参戦に備える基礎を作っている。

» 2010年02月09日 15時31分 公開
[西尾泰三,ITmedia]

 今日、クラウドコンピューティングは多様な選択肢が用意され、それぞれ成熟している。Amazon EC2Google Apps、さらにはForce.comなどがパブリッククラウドの代表格だが、これらを提供するAmazonやGoogle、Salesforce.comの主張は、クラウドが十分に成熟したプラットフォームと化した今、インフラ部分への多大な投資、あるいは、システムを自前で抱え、自前で運用するという企業の戦略には本当に経済性があるのかというものだ。

 これらのベンダーは企業の「持たざる経営」を積極的に支援している。対して、既存システムを仮想化し、クラウドの恩恵を限定的に享受するプライベートクラウドを推すベンダーもまた少なくない数のプレーヤーが存在する。パブリッククラウドを提供するベンダーは概してプライベートクラウドに否定的だが、Amazonのように、それらを透過的に扱おうという戦略を持つベンダーも存在する。

 現時点でパブリッククラウドをふかんすると、Force.comを提供するSalesforce.comは、実際にクラウドで大きな利益を上げているベンダーといえる。Amazon EC2やGoogle Appsと比べてForce.comが優位なのは、IaaS(サービスとしてのインフラストラクチャ)やSaaS(サービスとしてのソフトウェア)ではなく、PaaS(サービスとしてのプラットフォーム)であるという点に尽きる。基幹業務ですらその上で運用できるレベルにまで成熟しているのは、ビジネスアプリケーションの素早い作成にフォーカスしているSalesforce.comの優位点となる。

OEMパートナープログラムでコミュニティー型のエコシステムを狙う

宇陀栄次氏 開発者の参加を呼び掛けるセールスフォース・ドットコム代表取締役社長の宇陀栄次氏

 クラウドから確実な利益を生み出しているSalesforce.com。1月18日に都内で開催したプライベートセミナーでも、会場はほぼ満席で、同社のクラウドプラットフォームに対する関心の高さを感じさせた。

 このセミナーで紹介されたのは、先日同社が発表したOEMパートナープログラムについて。冒頭、あいさつに立ったセールスフォース・ドットコム代表取締役社長の宇陀栄次氏は、2011年に1600億ドル市場にまで成長すると予想されるクラウドビジネスの市場規模を「ようやく本来の市場規模の100分の1くらいにまできたと思う」と話し、その市場規模の明るい見通しを示すことで、OEMパートナープログラムへの参加メリットを強調していた。

 OEMパートナープログラムは、共存共栄のモデルである。これまでとは何が違うのか、その仕組みをAppleのケースと比較しながら解説する。

 AppleのAppStoreでは販売したアプリ代金の70%が開発者に、30%がAppleに配分される。Salesforce.comのOEMパートナープログラムも基本的にはこれと同様で、Force.com上で稼働するアプリの月額サービス料の一定パーセント(配布された資料のグラフが正確だとすれば、25%程度)をISVやシステムインテグレーターから徴収する。

 この利点は2つ。1つは、ユーザー企業から見た透過性だ。従来、ユーザー企業は、Force.comのプラットフォームライセンス料をSalesforce.comに支払い、さらにアプリのライセンス料を各ISVやシステムインテグレーターに支払っていた。OEMパートナープログラムでは、アプリのライセンス料にForce.comのプラットフォームライセンス料が含まれるため、企業がクラウドを敬遠する理由が1つ減ったことになる。

 もう1つは、Force.com上で稼働するアプリを販売するISVやシステムインテグレーターに値付けの自由度が与えられた点。もし、アプリのライセンス料を問わず一律のライセンス料を徴収するモデルであれば、アプリのライセンス料がForce.comのプラットフォームライセンス料以下になることはないため、ISVやシステムインテグレーターはマージンの確保に苦慮することになる。体力のある企業であればまだしも、小さな企業が参入し、継続してビジネスを展開していくのは難しい。

 しかし、月額サービス価格の一定パーセントというモデルであれば、どの企業でも条件は同じとなる。自信があれば値付けを高くしてもよいだろうし、安価なポイントソリューションを提供してもよい。クラウドへの参入は利益が出にくいのではないかというISVやシステムインテグレーターの懸念をぬぐい去ることができる。

 Salesforce.comが望んでいるのは、同社とパートナーの1対nという関係ではなく、同社のForce.comをプラットフォームとし、パートナー同士のソリューションを組み合わせた価値をユーザー企業に届けることにある。言い換えれば、Force.comを基盤とするコミュニティー型のエコシステムだ。

 Force.com上で稼働するアプリはすでに13万5000種を超える。宇陀氏に言わせれば、「半年で倍近く増加」している伸び盛りのプラットフォームだ。この数字だけだとピンとこないが、例えばiPhoneアプリの数とほぼ同レベルだ。コンシューマー市場のアプリと同規模でエンタープライズのアプリケ−ションを提供しているという実績が、エンタープライズシステムとしてのForce.comを魅力的な選択肢としている。

JavaのPaaSに向けた戦略

 一方、開発者視点で見れば、Salesforce.comがエンタープライズ・クラウドコンピューティング・プラットフォームと位置付けるForce.comは、統合開発環境のSaaS化であるともいえる。アプリの統合開発環境やテスト環境までもクラウド上に用意し、ブラウザ経由で簡単にアクセスできるようにした。

 この魅力的なプラットフォームで残念な点があるとすれば、プログラミング言語が「Apex」という独自言語である点だ。なぜJavaを採用しなかったのかを考えると、Javaの標準仕様に独自の拡張をしたかったという意図も読み取れるし、さらにマクロで考えれば、JavaのPaaSを目指してSunが研究を進めていた「Project Caroline」の存在も無視できない。

 SunはProject Carolineを具体的なサービスとして世に送り出せなかったが、(Sunを買収した)Oracleがそれを実現するかもしれないし、すでにWindows Azureの提供を開始したMicrosoftがJava開発者の取り込みを図るかもしれない。いずれにせよ、Javaで開発できるForce.comのようなサービスが登場したとき、日ごろからOracleやMicrosoftを時代遅れだと“口撃”しているSalesforce.comは、同じ土台で戦う競合と向き合うことになる。

 そこで同社がオープンなアーキテクチャへの方針転換を図る可能性も否定できないが、いずれにしても両陣営にとって勝負の鍵を握るのは、狭義にはJavaの開発者、広義には業務システムの開発にかかわるエンジニアをどう取り込むかである。

 スキルの高いJavaの開発者がApexに慣れるのはさほど難しくない。しかし、広義の意味でエンジニアを確実に取り込みたいSalesforce.comとしては、誰でも簡単にForce.comアプリを開発できる仕組みを構築することで、コミュニティーを育てていく必要がある。Force.comで使用するコンポーネントベースのユーザーインタフェースフレームワーク「Visualforce」や、2月に入ってリリースされたビジュアルツールセット「Force.com Visual Process Manager」は、まさにそんな意図を持ったツールだ。

 2009年に買収したInformavoresの技術を基盤にして作られたForce.com Visual Process Managerは、フローチャート型のドラッグ&ドロップインタフェースを持ち、専門のエンジニアでなくても簡単にビジネスプロセスを設計することができるツールである。こうしたツールの提供により、開発者の拡大を図り、Force.comアプリを増やすことが、JavaのPaaSに備えるSalesforce.comの当面の方針となるだろう。



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