チャンスやリスクには、兆しがあるもの―平穏なときこそ情報収集のためのパトロール活動を―ビジネス刑事の捜査技術(5)(2/2 ページ)

» 2012年10月16日 06時13分 公開
[杉浦司,杉浦システムコンサルティング,Inc]
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刷り込まれた思い込みが真実を見誤らせる

 人は時として、目の前に起きている変化の兆候や、場合によっては変化そのものを目の当たりにしても、その変化を受け入れようとしないことがある。売れない芸能人は人気がなくなってきたことを認めようとはしないし、往年の名選手は昔からやってきた成功パターンをいつまでも繰り返す。

 どのような組織にも、こういった売れない芸能人や往年の名選手のような人がごろごろいるはずだ。みんな、自分や他人が刷り込んだ思い込みによって、真実を見誤っているのである。世の中のすべてのものは変化している。そしてそれは自分自身も同じである。むしろ、変化しているのは周りではなく、自分の方だったということも少なくない。

 刷り込まれた思い込みがあると、眼の前で変化が起きても気が付かないし、認めることができなくなる。非常ベルが鳴っていても避難しようとしない人や、普段見掛けない人が立ち入ってきても、気にも留めない人がいる組織は重症である。変化の兆しに背を向けているどころか、変化することなどあり得ないように思っているのではないだろうか。

信用できる試薬を持っておく

 自分が対戦している将棋ではどう指せばよいのか悩むのに、人の指す将棋を横から見ていると次に指すべき手がよく分かることが多い。思い込みのない平常心で観察しているから、目の前の変化を察知できるのである。

 当事者でない方が、そこで起きているチャンスとリスクが表れる兆候に対して敏感になれる。客観的な立場の方が刷り込まれた思い込みに振り回されずに変化を知ることができるのであれば、いつも自分あるいは自社に対して客観的な立場で観察してくれる情報提供者を持っておくことが有効だということになる。

 まさにそれは、変化があったことを適切に知ることができるリトマス紙のような試薬的な存在である。前回説明したアンケート調査もまた、試薬の1つだろう。顧客や社員の間で生まれつつある不満足も、初期のころに敏感に反応するクレーマーが大変貴重な試薬の役割を果たしてくれる。

 忙しいとかつらいなどとすぐ文句をいう社員も必要なのである。苦情や不満から逃げるのではなく、対決することで、それがチャンスかリスクか見極めることができる。物いわぬ客や社員の間で起きている変化を知ることは難しい。そこから変化を探ることも大切だが、積極的に反応してくる相手を誠実に受け止めることこそ、まず先に実践すべきことだろう。

現場に行って自分の目と耳で確かめよ

 刑事は必ず現場を重視する。会議室にいるだけで事件について議論していないだろうか。

 店舗や倉庫、工場に出向いて議論してみる必要はないだろうか。過去の知識や経験だけで意思決定してしまっていないだろうか。電話や電子メールなど最近ではいろいろな情報伝達ツールが発達し、迅速な意思決定ができるようになってきた。

 しかし、メールだけで判断してはいけない事件もあるはずだ。部下からの報告や、又聞きしていたこととは異なる状況がそこにはあるかもしれない。変化への兆しを示す状況が顕著に表れていたとしても、そこに関係するチャンスやリスクについて認識がない人にとっては何の意味もなく、報告されることはない。

 基本は現場に行って自分の目と耳で確かめることである。知識と経験を共有できていない人に報告を求め、その報告を信じるほど愚かなことはない。人は原因と結果がそろって初めて、原因が原因だということを知ることができる。部下に報告を求める前に、自社ビジネスの因果関係についてたたき込むことが先である。自分の目と耳が信用できるのは、自分の頭に覚え込んできた過去の因果関係に照らし合わせて感じることができるからである。

 目の前で起きていることが、好ましい状況か好ましくない状況かについて判断できない社員をいくら前線に配置して意味がない。分からないことは分からないと報告を受けて、分かる人間が「自分の目で確かめにいく」くらいの慎重さが、情報化時代の現代には必要なのではないだろうか。昔もいまも警察や軍隊の偵察部隊は超エリート集団である。

次回の予告

 ここまで捜査の技術というものが、どのような場面で使われるのかについてご紹介してきた。次回からは、捜査技術の具体的な技術要素について説明していきたい。

 まずは、最初にやるべきことは捜査本部の設置である。これから何を探すのか、そう、問題の定義である。

profile

杉浦 司(すぎうら つかさ)

杉浦システムコンサルティング,Inc 代表取締役

京都生まれ。

  • 立命館大学経済学部・法学部卒業
  • 関西学院大学大学院商学研究科修了

京都府警で情報システム開発、ハイテク犯罪捜査支援等に従事。退職後、大和総研を経て独立。ファーストリテイリング、ソフトバンク社など、システム、マーケティングコンサルティング実績多数。


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