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古くて新しい、現代映画のモノクロ化というムーブメント(3/3 ページ)

» 2017年09月16日 06時00分 公開
[天野透ITmedia]
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麻倉氏:考えてみれば、第二次大戦の映像はほとんどがモノクロです。もしかすると、ここに「戦争映像はモノクロ」というイメージがあり、戦いの印象に合っているのかもしれません。「モノクロの全てが素晴らしい」というわけでは決してないですが、カラーにはない魅力というものは確かにあります。逆にカラーはモノクロにない魅力を持っているのです。パッケージにはそのどちらもが入っているため、見比べると「これだけ言いたいことが違って見えるのか」という新鮮な驚きを感じることができます。これがまた面白いですね。

モノクロ化によるコントラストの先鋭化は、イモータン・ジョーの鎧や異型のクルマの数々、あるいはウォー・ボーイズの肌などでより特徴的になる。色を脱ぎ捨てることでテクスチャーの質感が強調される、これが「ブラック&クロームエディション」のポイント。画像提供:ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント (C)2015 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED

――ローガン・ノワールはどうでしょうか。ハリウッド映画でありながら「ブラック」ではなくフランス語の「ノワール」を使っていることがかなり意味深に見えますが

麻倉氏:映画ファンならば気づくかもしれませんが、こちらのキーワードは“フィルム・ノワール” (注:1940年代を中心にハリウッドで作られた犯罪映画のジャンル。ギャング映画とは異なり、悲劇性や退廃性、破滅の悪女“ファム・ファタール”といった要素が特徴的に描かれる)。ローガン・ノワールは暗黒世界を描いた映画の世界観をオマージュしているのです。ジェームズ・マンゴールド監督はフィルム・ノワールに強い憧れを持っており、そのような映画を撮りたいと思っていました。カラー版でもそれを目指していましたが、その志向をより強めたのがモノクロ版です。

「映画の製作中にたくさんのスチルを撮影した。ほこりっぽい世界観とキャラクターの人物感がモノクロによってとても鮮やかかつ劇的に見えると私は気が付いた。ファンに見せると反響が大きかったため制作に踏み切った。この作品が持っている、かつての西部劇や“フィルム・ノワール”の雰囲気はモノクロのフォーマットで輝くと思ったし、現代のコミックヒーロー映画では全くなくなる。モノクロ化によってクールな西部劇やフィルム・ノワールと本作を結びつけるチャンスを与えることができると思ったんだ、僕自身もっと皆に昔の作品を見てもらいたいと思っていたからね。映画ファンには同じ映画を一味違うバージョンで楽しんでもらいたい」(マンゴールド監督)

X-MENシリーズ最終章「ローガン」。UHD-BDで発売されるパッケージには、モノクロバージョン「ローガン・ノワール」が同梱される。この“ノワール”がモノクロ版のキーワードだ。「LOGAN/ローガン <4K ULTRA HD + 2Dブルーレイ/4枚組>」、希望小売価格は6990円(税別) 発売元・販売元:20世紀 フォックス ホーム エンターテイメント ジャパン (C)2017 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.

麻倉氏:不死身ではなくなったローガンはX-MENから引退、ハイヤーの運転手として日銭を稼ぐ毎日。ところが、クルマのタイヤを盗もうとしたチンピラをやっつけたことでアシがついてしまう。というようなストーリーで、監督は「夜のような暗いシーンがモノクロ化によって黒はより豊かに、白はよりシャープになる」と語っています。

 この映画はもともとカラー版でもそれほど派手でカラフルなわけではなく、抑制した色合いです。対比感とは違うところに面白さがあって、それをモノクロ化によって徹底するという方針がみてとれます。ハイコントラストだったり影の描写が多かったりと、その意味ではカラー版でも“ノワール志向”。色や彩度、アクションに至るまで、全てが過激なマッドマックスとは対極で、モノクロはさらに暗黒への意図性が強くなってゆくのです。

 例えば明るい空に黒が沈むというシチュエーション。陽光が注ぐ相手が悪役というシーンでは、カラー版では青空に人物という情景にすぎないですが、モノクロになると光によって悪さがより際立ちます。ここにモノクロの光が意味を持ってくることが分かるのです。ローガンが運転するクライスラーのリムジンも、カラーで出ていたグロッシーさがなくなり、傷や凹みなどが際立ってきます。監督が意図した“ノワール的”な苦悩の深さ、虚無感、闇の深さがさらに極まるといった具合です。

「ファンからは“モノクロが観たければモニターの彩度設定をゼロに落とせばいいだけでは?”などと言われたが、優れたモノクロ映像を作るにはショット単位で画面の色やタイミングを合わせなければならない」(マンゴールド監督)

――いやいや、そんな暴論があってたまるか(苦笑)

麻倉氏:映画が持っている意味性や記号性といったものを、色を落とすことでより視聴者が発見する「チャンスが出てくる」。このチャンスを生かすには、視聴者が映画の要素を感じ取らないといけません。受動的に入っていた情報が色を消すことで失くなるため、視聴者が自ら作品に歩み寄る必要がでてきます。視聴者が想像力を働かせて、映像の世界観に主体的に入っていく。まさにそのことによってより広く深く映像作品を楽しむことができ、作品と視聴者の対話が生まれる。主体的な解釈による対話が、インタラクティブな作品の切り口になるのではないか。あるいは単なる娯楽を越える芸術性がここに生まれる。モノクロ作品はそういう可能性を持っているのです。

――モノクロを見る時、人は意識的または無意識的に、欠落した色を想像します。この想像には現実を超越する力があり、そこに人間の面白さというか、すごさというか、価値というか、そういったものがあります。これは読書などと同じ営みで、人間には1の情報から100の“想像”を“創造”する力があります。そうやって文明は育まれてきたし、きっとこれからもそうやって人間は発展し続けるのでしょう

 だからこそ、あらゆる可能性を否定してはならないと僕は考えます。現代はとかく単一の正しさを追い求めがちですが、より多くの感性や観点が、人間を豊かにすることを忘れるべきではありません。映画に対しても、このような多様な解釈やアプローチなどが、作品そのものの命をより強固にし、永らえさせます。次から次へと新作を求めることを否定はしませんが、1つの作品をより深く、より多様に楽しむという接し方が、このモノクロムーブメントから大きな流れになることを願いたいですね

ヒュー・ジャックマン演じるローガン、色が落ちることで陰影がより強調され、キャラクターが内包する陰の部分がにじみ出る。こうした表現にこだわって作られたのが「ローガン・ノワール」だ。画像提供:20世紀 フォックス ホーム エンターテイメント ジャパン (C)2017 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.

麻倉氏:マッドマックスもローガンも、カラー版とモノクロ版がそろっていることが重要で、これにより監督がこだわった鋭い切り口はモノクロ、リアリティーはカラーと、2つの世界を体験できます。

 もともとモノクロの作品はカラー映像がありません。なので、その世界の色は想像するしかないです。ところがこの2つの作品でのモノクロは別ディスクで元の色が分かるため、カラーとの差をより正確に感じることができ、それを愛でるという新しい趣味につながります。これは映画の新しい付加価値です。加えて監督のノリも良い。まるで監督のディレクターズインテンションがモノクロにこそあるような勢いです。

 今はまだ2ケースしかないですが、どちらも高画質で、さらに4K版が出ています。そういう意味でごく最近の新しい映画の楽しみが出てきました。あまりにリアリティを追求すると、それは単なる日常的な情報性になってしまうわけで、この情報量が溢れる時代だからこそ、芸術性のために「引き算」が必要になるという論理も成り立ちます。このコーナーではこれからも、映画の新しい楽しみを随時お届けしていきたいと思います。

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