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海外のMVNOから学ぶべきことMVNOの深イイ話

MVNOは日本だけではなく世界各国で動いているビジネスモデルです。日本では、MVNOの契約回線数が1000万を超え、中でも格安スマホがブームとなっていますが、世界ではどんなMVNOがビジネスを展開しているのでしょうか。

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 今回は、日本を離れて世界のMVNOを見てみましょう。第4回で書きましたが、MVNOは日本だけではなく世界各国で動いているビジネスモデルです。日本では、MVNOの契約回線数が1000万を超え、中でも格安スマホがブームとなっていますが、世界では一体どうなっているのでしょう? MVNOの中の人として海外のMVNOとも交流する機会がありますので、その中で感じたことを皆さんにご紹介できればと思います(※)。

(※)本当は統計やデータを元に、各国の状況を分析するような記事が書ければ良いのですが、今回は気楽なスタイルでご紹介できればと思っています。必ずしも統計やデータに裏付けされない主観も混じるかと思います。ご了承ください。

「MVNOの本場」――欧州の場合

 そもそも通信事業は、自由競争だけではなかなか発展できないもので、これは通信がネットワークを形成する産業であることに由来します。つまり、ある端末から他の端末に電話をかけられること、データを送れることが重要で、その端末が他の通信事業者のサービスを受けていても、可能な限り通話や通信を届けてあげることが必要です。

 競争している事業者間でも、相互の通話や通信をきちんと保証するための規格や規則が重要であり、とりわけ、欧州ではこのルール作りが他の地域よりも重視されている、と言ったところでしょうか。いわばこの「強い規制当局」のリードにより、他の地域よりもMVNOの普及が先行したと思います。

 それだけではありません。国境が開かれており、パスポートなしで容易に隣国を訪問できる欧州では、他の地域よりも「Bill Shock」の問題が先行して話題となりました。これは、知らず知らずのうちに海外ローミングを使ってしまっていて、気がついたら多額の請求書がやってくるといった問題です。

 日本でいうところの「パケ死」に近いイメージですが、このBill Shock対策の1つとしてMVNOが多国籍化していったのも欧州のMVNO市場の特色です。1カ国の事業のみにとどまらず、HLR/HSS(連載の第8回を参照)を自ら運用することで、いくつかの国の携帯電話ネットワークをローカルの料金で利用可能とする(多国籍化する)というのは、いかにも欧州らしいMVNOの形態といえるでしょうか。

 MVNOの先進地域である欧州には、多国籍のMVNOだけではなく、多様なMVNOが存在します。英国の巨大流通事業者テスコが「Tesco Mobile」を展開しているのは、日本でいえばイオンの格安スマホ事業を思い起こさせます。

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イオンスマホの英国版? 「Tesco Mobile」

 トルコのサッカーリーグの名門フェネルバフチェは、クラブのファンに向けたMVNO「Fenercell」を営み、所属のサッカー選手によるファンサービスを付加価値として加入者を伸ばしています。英国やイタリアなどでは、数年前から郵便局のMVNO事業参入が行われ、郵便局網を活用した利用者サポート、郵便の銀行事業を核としたモバイルコマースなど、独自のサービスを打ち出しています。

 そんな欧州のMVNOも、現在、曲がり角に来ているといえるかもしれません。英国の通信規制庁(Ofcom)の"Setting up an MVNO"というドキュメントの冒頭には、「Ofcomは法の一般規定を超えるいかなるMVNO関連の通信事業者への規制を設けない」とうたわれており、MVNO事業のスタートがMVNOとMNOの交渉のみにより決まることを説明しています。

 英国を始めとして、欧州ではMVNOは規制当局に保護される存在ではなくなったと理解すべきではないでしょうか。またEUは、2017年6月までに欧州域内での海外ローミング料金を段階的に0とする決議を可決しました。これは欧州の多国籍MVNOのビジネスの基盤に影響する可能性があります。世界で最先端のMVNO市場であるだけに、世界に先んじて問題にぶち当たっている、そんな気がします。

「ニッチマーケットを求めて」――米国の場合

 米国もまた、数多くのMVNOが存在するマーケットです。ただ、欧州とはMVNOのあり方が若干違うようにも感じられます。米国ではMVNOについて自由な経済活動の結果として存在するべきと見なしていて、MVNOを保護する法規制は存在しません。そのためか、米国のMVNOは、より交渉力の強いMNOからネットワークを安価に調達することが難しく、価格面でのMNOとの差別化が困難という市場環境に置かれています。

 下記の図は、FCC(米連邦通信委員会)の発行する"17th Annual Competition Report"(2014年12月)より、プリペイドタイプのデータ通信の1MBあたりの単価を図示したもの。4キャリア(AT&T、Verizon、T-Mobile、Sprint)とMVNO(Virgin Mobile、Boost Mobile、MetroPCS)のデータ通信料金に大きな差がないことが見て取れます。

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 そのため、米国のMVNOは利用者とのつながりをとても重視しています。利用者との強いつながりをてこにして初めて、MNOの4社と競争することが可能となると思っているようにも見えます。

 地域、言語や人種、ライフスタイルやその他の利用者の属性により、狭い(ニッチな)マーケットを想定し、その市場の中でのブランド価値や、その他のカスタマリレーションシップを使って利用者を広げていこうという戦略です。貧困世帯のライフラインとして通信事業を展開する「Assist Wireless」や、セクシャル・マイノリティ向けの通信事業を展開する「Pride Wireless」など、日本から見ると「え!」と驚くようなMVNOも存在します。常にマーケットのことを考えてビジネスの構図を描くというのは、私としても見習うところの多いものでした。

 反面、4つのMNOとの間で料金面の差別化が難しいというのは、MVNO各社にとっては非常に苦しい戦いが続くことを意味します。急速に変化を続ける移動通信市場の中で、今後登場するであろうニッチマーケットをいち早くつかんで未来のビジネスモデルを描く――。そんなシビアな戦いが行われていると感じました。

「MVNOの夜明け」――アジアの場合

 アジアでは、日本のみならず各国でMVNOの幕が本格的に開きつつあるところです。中国では2014年に42の事業者にMVNOの予備ライセンスが発行され、事業化がスタートしました。まだ事業開始に手間取っている事業者が多い中、先行して事業を開始したMVNOにより、2015年末には早くも2000万契約を突破したとも報じられています。

 タイやマレーシアでもMVNOの参入が相次ぎました。新興国では、MNOによるエリアの拡大や通信規格の高度化、通信の安定的な供給がどうしても優先課題となる中、いくつかの国で、それらのフェーズを乗り越えてMVNOの市場導入による競争促進を狙い始めているというのは非常に心強いニュースです。

 とはいえ、MVNOは各国で課題にぶつかっているともいえます。中国では、予備ライセンスを与えられた42事業者のうち、既に39事業者が事業をローンチしたと伝えられ、予備ライセンスが本ライセンスに切り替えられるとされる2015年末に間に合ったようです。ですが、そのうち上位6事業者が88%の契約回線数を占めるなど、全ての事業者が順調に成長しているわけではないようにも思われます。

 また、せっかく事業開始にこぎ着けたMVNOでも、国営企業でもあるMNOとの協議には非常に難航し、ネットワークの仕入れ価格の高止まりによる収益改善の遅れなど、構造的ともいえる問題があるとも報じられています。

 他方、シンガポールを除く東南アジアでは、農村地域の人口が比較的多いため、どのようにMVNOサービスをプロモーションしていくかが課題です。広告やプロモーション費用が収益性に重くのしかかっている構図があるとの報告も聞かれました。

 アジアでは、残念ながらMVNOの進展はまだ欧州、米国に比べ遅れている部分もあります。とはいえ、中国、インドを含むアジアは大きな人口を持ち、今後MVNOの普及発展が進んでいくことは十分に期待されるでしょう。各国の事業者でこれらの課題を共有し、知恵を出し合っていくことも求められるのだと思います。

では日本はどうする?

 このように世界各国では、それぞれの市場環境によりさまざまなMVNOが花開こうとしています。全てが順調ではありませんが、こういった各国のMVNOの課題は、われわれ日本のMVNOにとっても参考となるものばかりです。ともすれば心理的に総務省に依存しがちなMVNOの成長戦略ですが、諸外国のケースも参考に、多面的にビジネスを展開すること、マーケットを熟知すること、新しいマーケットを切り開くこと、こういった強さは日本のMVNOも学んでいくべきでしょう。今後も、面白いお話を皆さんにもお伝えできればと思います。

著者プロフィール

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佐々木 太志

株式会社インターネットイニシアティブ(IIJ) ネットワーク本部 技術企画室 担当課長

2000年IIJ入社、以来ネットワークサービスの運用、開発、企画に従事。特に2007年にIIJのMVNO事業の立ち上げに参加し、以来法人向け、個人向けMVNOサービスを主に担当する。またIIJmioの公式Twitterアカウント@iijmioの中の人でもある。


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