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「この世は生きるに値するんだ」 「風立ちぬ」の後をどう生きるか 宮崎駿監督、引退会見全文(5/9 ページ)

» 2013年09月06日 23時41分 公開
[岡田有花,ITmedia]

「監督になってよかったと思ったのは1度もない」

――監督になってよかったと思ったことは。

宮崎 監督になってよかったと思ったことは1度もありませんけど、アニメーターになってよかったと思ったことは何度かあります。アニメーターというのは、本当に何でもないカットが描けたたとか、うまく風が描けたとかうまく水の処理ができたとか光の差し方がうまくいったとか、そういうことで2、3日は幸せになるんですよ。短くても2〜3時間ぐらいは幸せになれるんです。

 監督はなんか最後に判決を待たないといけないでしょ。これは胃によくないんです。アニメーターを最後までやってたつもりでしたけど、アニメーターという職業は僕は、自分に合ってるいい職業だったと思っています。

「監督はやりたくなかった」

――それでも監督をずっとやって来られたのはなぜでしょうか?

 簡単な理由でして、高畑勲と僕は労働組合の事務所で出合って、ずいぶん長いこと話をしました。その結果、一緒に仕事をやるまでにどれほど話したかわからないぐらい、ありとあらゆることについて話をしてきました。

 それで最初に組んでやった仕事は、いま話をしても仕方がありませんけど、自分がそれなりの力を持って彼と一緒にできたのは「ハイジ」が最初だったと思うんですけど、その時に、まったく打ち合わせが必要のない人間になっていたんです、相互に。こういうものをやる、と出したとたんに、何を考えているか分かるという人間になっちゃったんです。

 ですから、監督というのはスケジュールが遅れると会社に呼び出されて怒られる。高畑勲は始末書をいくらでも書いてましたけど、そういうのを見るにつけ、僕は監督はやりたくない、やる必要はない、僕は映像のほうをやってればいいんだというふうに思っていました。ましてや音楽は何やらかにやらというのは全然、修行もしなければ何もやらない、そういう人間でしたから。

 ある時期がきて、「おまえ1人で演出をやれ」と言われた時は本当に途方に暮れたんです。音楽家との打ち合わせなんて言われても、何を打ち合わせしていいか分からない、よろしくと言うしかない。しかもさっき言いましたように、「このストーリーがその後どうなっていくんですか」と聞かれても「僕もわかりません」と言うしかないんで。

「監督として、とんちんかんもいっぱいあった」

 つまり、初めからまったく監督や演出をやろうとした人間じゃなかったんです。それがやったので、途中パクさんに、高畑監督に助けてもらったこともありますけど、その戸惑いは「風立ちぬ」にまでずっと引きずってやってきたと今でも僕は思っていますけどね。音楽の打ち合わせで「これどうですか」と聞かれても、「どっかで聞いたことあるな」とかそれぐらいのことしか思いつかないので(笑)。

 逆に「このCD僕とても気に入ってるんですけど、これでいけませんか」「これワーグナーじゃないですか」とかそういうバカな話はいくらでもあるんですけど、本当にそういう意味では、映画の演出をやろうと思ってやってきたパクさんの修行と、絵を描けばいいんだと思っていた僕の修行は全然違うものだったんです。

 それで、監督をやっている間も僕はアニメーターとしてやりましたので、多くの助けやとんちんかんがいっぱいあったと思うんですけど、それについてはプロデューサーがずいぶん補佐してくれました。つまりテレビも見ない、映画も見ない人間にとっては、どういうタレントいるとかそういうのは何も知らないんです。で、すぐ忘れるんです僕は。

 ですからこれはまぁ、そういうチームというか、腐れ縁というか、そういうのがあったおかげでやれてこれたんだって本当に思います。決然と立って1人で孤高を保っている、そういう監督では全然なかったです。わかんないものはわかんないという、そういう人間として最後までやれたんだと思います。

――高畑さんの「かぐや姫の物語」は少しはご覧になったと思いますが。

宮崎 いや、僕は全然見てません。(高畑監督は)きょうここに一緒に並ぼうよと僕は持ちかけたんですが、「いやいやいや」と。まだまだやる気だなと思ってます。

「風立ちぬ」ラストシーンは「煩悶した」

――「風立ちぬ」の最後の場面のせりふを「あなた来て」から「あなた生きて」に変えたと伺いました。監督が考えていたものと変わったと思いますが、変えたことについてどう思っていらっしゃるか教えてください。

宮崎 風立ちぬの最後については本当に煩悶しましたけど、なぜ煩悶したかっていったら、とにかく絵コンテを上げないと、製作デスクの三吉(さんきち)が……三吉という女の子がいるんですけど、今は産休で休んでますが……本当におそろしいんです。他のスタッフの所に行って話していると、床に「10分にしてください」とか貼ってあるとかね。机の中にいろんな叱咤激励が貼ってありまして。まぁそんなことはどうでもいいんですけど(笑)。

 とにかく絵コンテが形にしないことにはどうにもならないので、いろいろペンディング事項があるけどとにかく形にしようってことで形にしたのが追い詰められた実態です。それで「やっぱりこれはダメだな」と思いながら、絵が描かれてもセリフは変えられますから、その時間に自分で冷静になって仕切り直しをしたんです。

 僕は、こんなことを話しても仕方ないんですけど、最後の草原はいったいどこなんだろう、これは煉獄であるというふうに仮説を立てたんですね。ということは、カプローニも堀越二郎も亡くなってそこで再会しているんだというふうに、そういうふうに思ったんです。それで、菜穂子はベアトリーチェだ。だから「迷わないでこっちに来なさい」という役で出てくるんだってことを言い始めたら自分でこんがらがりまして、それをやめたんですよね。やめました。やめたことによってすっきりしたんだと思います。「神曲」なんか一生懸命読むからいけないんですよね(笑)。

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