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葉っぱの細胞を単独で幹細胞に戻す遺伝子発見「全ての生物で初」

» 2019年07月09日 17時57分 公開
[井上輝一ITmedia]

 自然科学研究機構 基礎生物学研究所などの研究グループは7月9日、植物の葉の細胞を単独の発現で幹細胞へ戻せる遺伝子を発見したと発表した。1つの遺伝子発現で分化細胞が幹細胞へ変化することを確認できたのは「全ての生物で初」(同グループ)としている。

ステミンの発現で葉の細胞が幹細胞へ変化したヒメツリガネゴケ

 幹細胞は、細胞分裂で皮膚や筋肉(動物)、葉や根(植物)などの各生体組織を作る細胞(分化細胞)を作る細胞。動物細胞は基本的に幹細胞から各組織の細胞へ分化する一方だが、植物細胞は分化細胞から幹細胞へ戻る能力を備えている。

遺伝子発現させたら幹細胞に

 研究グループは、コケ植物の「ヒメツリガネゴケ」の全遺伝子約3万個の中から、幹細胞化に関わる候補遺伝子15個を絞り込んで機能を調べた。

 各候補遺伝子を化学物質の添加で発現するよう調整し、葉が無傷の状態で遺伝子を強制発現させたところ、ある遺伝子の発現だけで葉の細胞が幹細胞へ変化した。研究グループは、この遺伝子を「ステミン」(Stem Cell Inducing Factor:幹細胞誘導因子)と名付けた。

 ヒメツリガネゴケは葉が傷つくと断面から自然に幹細胞化を始める。研究グループはステミンやその類似遺伝子を壊した上で葉を傷つけたところ、幹細胞化が遅れることも確認した。

葉の断面。緑色に蛍光しているのがステミンが発現している場所

ステミンがヒストンによる発現抑制を解除

 ステミンの作用についてさらに調べたところ、DNAとともに染色体を作るタンパク質「ヒストン」の化学修飾を外す役割を持っていることが分かった。化学修飾は、ヒストンなどのタンパク質を構成するアミノ酸に、さまざまな化学物質が結合すること。ヒストンに巻き付いたDNAは、ヒストンの化学修飾の有無でタンパク質への発現が調整される。

 ステミンがヒストンの化学修飾を外すことで、抑制されていた幹細胞化に関わる遺伝子群が活性化する仕組みが、研究グループにより明らかになった。

ステミンがヒストンの化学修飾を外し、幹細胞化に関わる遺伝子群を活性化する

「カルス」との違い

 ステミンによる幹細胞化の他に、植物の幹細胞化を促す従来の方法としては植物ホルモンを利用する方法がある(この方法で作った未分化細胞の塊を「カルス」という)。「カルスで増やせる植物もあるが、バラ科の一部はカルスから十分に育てられないなど問題もあった」と話すのは、基礎生物学研究所の石川雅樹助教。

 「ステミンはイネやバラなどの細胞も持っている。今後の研究次第では、カルスから育てられなかった植物もステミンによる幹細胞から育てられるかもしれない」(石川助教)

 今後は、ステミンのヒストン化学修飾への作用をより明らかにすることで、植物の幹細胞化のメカニズム解明を進めていきたいとしている。

 研究成果は、7月8日付で英科学雑誌Nature Plantsに掲載された。

背景:動物と植物と幹細胞

 動物や植物などの多細胞生物は、幹細胞と呼ばれる細胞からある機能に特化させた細胞(分化細胞)を細胞分裂で作り出すことで、皮膚、筋肉、神経、葉、根といった各生体組織を作る。

 動物の場合、人工的な手順を踏むことで「ES細胞」や「iPS細胞」といった幹細胞を作れる。一方植物では、挿し木で増えるように分化細胞から幹細胞を作り、別の組織へと作り変える機能がもともと備わっている。

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