「Apple Music」の可能性――世界で、そして日本で支持されるのか?本田雅一のクロスオーバーデジタル(2/3 ページ)

» 2015年06月11日 07時30分 公開
[本田雅一ITmedia]

Apple Musicは後追いの加入型音楽配信サービスで成功できるのか?

 かつて90年代、音楽、写真、映像などが次々にデジタルメディア化された。同時に各メディアコンテンツは、インターネットを通じての配布が容易になっていく。もちろん、当時のインターネットは低速だったが未来は見えていた。狭い帯域でも頒布できる写真や音楽から、コンテンツ流通の形は変われる準備が(技術的には)できつつあったのだ。

 ところが、自分自身で撮影する機会が多い写真はともかく、音楽や映像作品はそれを流通させることで大きな産業となっていた。今でも縮小したとはいえ、小さい産業分野とは言えないだろう。

 ここでは音楽に話を絞るが、音楽事業のビジネスモデルを壊さず、デジタルメディア化による利便性や効率の向上を図ろうと、音楽業界とデジタルオーディオ機器メーカーとが新しい音楽流通の枠組みを作ろうとした。SDMI(Secure Digital Music Initiative)というイニシアティブを覚えている人は少ないだろうが、この枠組みで決められたルールは、(音楽業界から見て)かなり保守的なものだった。

 一方でそれは消費者から見ると保守的どころか、音楽に投資するファンほど理不尽さを感じるルールだったため、その怒りの矛先は大手音楽レーベルだけでなく、技術開発や製品開発を行っていた電機メーカーにも向けられた。

 この暗黒時代に光明をもたらしたのが、Appleと故スティーブ・ジョブズ氏だったというのが、後年語られることになった物語だ。

2001年に発売された初代「iPod」。ここからAppleは音楽事業に本腰を入れていく

 実際に現場に携わっていた人たちに言わせれば、そう単純な話ではなかったようだが(SDMIに実際に携わっていた人物に何度かインタビューもしたことがある)、結果として歴史はAppleとジョブズ氏を英雄に引き上げ、パソコンをデジタルメディアの「ハブ」に見立てて、さまざまなコンパニオンデバイスをつなぐ、「デジタルハブ構想」でAppleは復活のきっかけを得たのである。

 その後のiPhoneによるスマートフォン革命については、ここで改めて書くべきことはないが、Appleが復活し、また急成長を遂げる過程においては、単に便利なサービスや製品、よりよい機能を提供することよりも「世の中をどう変えたい、もっとよりよいエンターテインメントの形はないものか? なぜなら、こんな素晴らしい未来を描いているからだ」という、そんなストーリーが前面にあった。

 近年におけるAppleの新製品、新サービスローンチを見ると、確かに個々の製品の完成度は抜群に高い。「新しいMacBook」にしろ、「Apple Watch」にしろ、デザインと仕上げ、キータッチや感圧タッチトラックパッド、Taptic Engineのフィールなど、驚くほどの完成度だ。そうした製品を(安価ではないが)決して高級すぎない価格帯でグローバルに提供している。

「新しいMacBook」から採用された感圧センサー内蔵の新しい「感圧タッチトラックパッド」は、強めのクリック、加速操作、感圧スケッチといった新しい機能を提供する。その完成度は非常に高い

 しかし、まったく新しい製品分野であるApple Watchを含め、Appleならではのストーリー、世の中を変えていくビジョンが見えてこない。製品は優れているため、当然比較すればAppleを選ぶという人は少なくない。だが、それまでAppleに目を向けていなかった人が、「やっぱりAppleはスゴイ」と認識を改めるところにまでは至っていない。

 Appleが倒産寸前、瀕死(ひんし)の状態から復活の道を歩み始め、すでに17年。最初のiPodが発売されてから14年近い年月が経過している。インターネットを通じたデジタルメディアの流通は当たり前になり、Appleの基礎を作ったiTunesのビジネスモデルも、もはや旧世代になった。

 冒頭でApple Musicは戦略上、大きな発表だったと書いたのはそうした理由からだ。Appleは、瀕死の状態から生まれ変わり、ブランドを構築する基礎となったモデルを捨てて、新しいことをやろうとしている、と言っているのだ。

 AppleはiTunesのビジネスモデルを維持したまま、クラウド時代に対応しようと試みたこともある。皆さんご存じのiTunes Matchだが、パソコンで管理していた音楽ライブラリをクラウド対応にしただけでは不十分だった。

 iTunes Matchに対するオーディエンスの鈍い反応を感じ取ったAppleが、Beatsを巨額で買収したのもうなずける。2014年は音楽の売上げにおける加入型音楽配信サービスの比率が50%を越えたというニュースもあったように、時代はiTunesを置き去りにしていたのだ。少々、回り道をしたようにも見えるが、今からなら業界ナンバーワンの「Spotify」を追い越すことができるかもしれない。

 Beatsを買収し、米音楽業界とのつながりを深めようとしたのも、Spotifyに対して反旗を翻しているアーティストに対して、Appleは味方だと思わせたいからではないだろうか。Apple Musicには(iTunesでも似たようなサービスはあったが)アーティストとファンをSNS的に結びつけるConnect機能が搭載されている。

 加入型音楽配信サービスでは、購入するというプロセスを経ることなく音楽と接する機会が増えるため、どのアーティストがどんな音楽を生み出しているか、といった(これもストーリーテリングの一種だろう)意識が(消費者側に)希薄となる。

 アーティストとファンの結びつきが希薄にならないよう、両者のエンゲージメントを強めたり、未知の(ユーザーが好むだろう)楽曲を紹介したりといった部分で、Apple Musicは勝負しようとしているように見える。

Apple Musicの利用イメージ。Connect機能では、アーティストの投稿にコメントしたり、お気に入りに登録したり、SNSやメールで共有できる。ファンが投稿したコメントに、アーティストが返信することも可能だ

 まだリリース前ではあるが、Apple Musicの実装がよりよいものになるのは確かなのだろう。現地の報道では256kbpsと比較的高音質の配信となることも確定しているようだ。Appleが発明したものではなく、後追いであったとしても、すばやく方向を転換することは悪いことではない。

 しかしながら、かつてのイノベーターとしてのAppleを期待する向きは、首を傾げる。これはある意味、仕方のないことではないかと思う。

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